大道芸通信 第336号

江 戸の 三 閻 魔 『江戸名所百人一首』を見ていたら、「浅草閻魔堂」の挿絵があり右近の「忘らるる 身をば思はず 誓ひてし 人の命の 惜しくもあるかな」の捩(もじ)り歌と挿絵が載っていた。それが左に掲げた挿絵である。「おがまるる みればおそろし 大王の 人のあくじを すくいたもふわ(拝まるる見れば恐ろし大王の人の悪事を救い給う…
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大道芸通信 第335号

第十二回    江戸の物売りと大道芸 盛況裡に終了 去る九月二十八日(土) に開催された 深川江戸資料館主催 当会出演の「江戸の物売りと大道芸」は、多数の来場者があり、主催者も大喜びの内に終了した。これも地道だが厳しい練習、たゆまぬ努力の成果と自負していい。  取りわけ今回は 故障者が続出したが、残された仲間が欠けた穴を…
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大道芸通信第333号

 わいわい天王と   戸塚のお札まき  わいわい天王の天王とは、牛頭天王のことであることはこれまで何度も述べたから 本紙の読者なら誰もが知っていることと思う。 現在戸塚の八坂神社に残る、横浜市無形民俗文化財指定の「お札まき」も多分その系統だろう。  その程度の知識で、お札まきを見に行った。 八坂神…
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大道芸通信 第332号

芥子之介(助)   源水は歯抜き目抜きは芥子之助 右の川柳は『柳多留』が載せるものだが、松井源水と東芥子之介を詠んだものである。元帥は独楽廻しで人を集め、歯磨き粉や歯の治療をした。一方、芥子之介は綾取り{ジャグリング}を見せて投げ銭を受けていた。源…
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大道芸通信 第331号

   猿(さる)曳(びき)(猿廻し)と猿(さる)飼(かい) 猿は昔から馬の神様である事はこれまでにも何度か書いた。だから武家社会では、厩の悪魔払いや疫病除けの祈祷に猿を使った。また初春の祝福芸を司るものとして、(御)所や高家(今でいう上級国民の棲む家)への出入りも許されていた。今猶京都(御)所の築地の東北隅軒下には、「神猿(ま…
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大道芸通信 第330号

牛頭天王発祥地へ行く  藩政時代に天狗の面を被って「わいわい天王 囃(はや)すがお好き」といいながら牛頭天王のお札をばらまいていた「わいわい天王」の元祖「蘇(そ)民(みん)神社」(現素盞鳴神社内)へ行ってきた。『釈日本紀』が載せる『備後国風土記』逸文に従い、その比定地とされる疫隈国社を訪ねたのである。  福山駅から福塩…
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大土芸通信 第328号

  深川江戸資料館主催 江戸の物売りと大道芸 開催  日時 三月十六日(土) 第一回 十一時半~十二時十分 第二回 十四時 ~十四時四十分   場所 江東区深川江戸資料館展示室     地下鉄大江戸線 半蔵門線「清澄白河」駅 下車 A3出口から徒歩3分 …
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大道芸通信 第327号

『煕代勝覧』が載せる生業⑨  本絵巻には総勢一六七一名の人間が描かれているが、内女性は約二〇〇名だそうである。比率にすると十二%たらず。漠然と思っていたより更に少ない。町作りが始まった幕初なら兎も角、幕末近い文化二年(一八〇五)頃になっても、未だそんなに差があったのかと改めて驚く。 ●猿登り(右)と金比羅行人 「猿登り」は猿…
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大道芸通信 第326号

  深川江戸資料館主催 江戸の物売りと大道芸 開催  日時 三月十六日(土) 第一回 十一時半~十二時十分 第二回 十四時 ~十四時四十分   場所 江東区深川江戸資料館展示室     地…
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大道芸通信 第325号

歌念仏から歌比丘尼 けころ  念仏は元来、,節を付けて謡うようなものではないが、それだと庶民へは伝わりにくい。歌のように節をつけたら、少しは耳に残るかも知れない。念仏を伝えるための方便ならいいだろう、と行われるようになったのが歌念仏である。  処が後にはそんなことは忘れられ、好き勝手な歌を作り鉦に合わせて囃したりするようになっ…
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大道芸通信 第324号

『擲銭青楼占』 『擲銭青楼占(てきせんせいろうせん)』は筮(ぜい)竹(ちく)代わりに銭で占いするとある。『洒落本大成 第五巻』が載せる解説によると、洒落本大成以前に、『洒落本大系 巻二』が翻刻しているという。  また本書は『開学小筌』(宝暦年間刊)、『遊郭擲銭考』(明和二年)の改題改刻板であり、前二書の上方板を江戸板として、序や…
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大道芸通信 第323号

女相撲は神代から  土俵上で挨拶していた人が突然倒れたため、複数女性が救助に向かったら「女は土俵に上がるな」と館内放送があったと。それでも人命が大事と、心臓マッサージを始めた看護士に、繰返し「土俵から降りろ」の放送が続いたという。何でもそれが伝統とか。 「そんな伝統何時から?」 「人の命と伝統、どっちが大事?」 「だったら変…
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大道芸通信 第322号

 「秋田蘭画」と「覗き絵」  秋田蘭画は安永三年(1774)以降に秋田藩内の藩士等を中心に描かれた洋風絵画のことである。洋風絵画ではあるが、油絵具ではなく国産絵具で代用した。蘭画といわれる所以である。恰もその当時は「のぞき(=後の覗き絡繰り)」の第二期、「景色(名所)を見せる覗き」全盛時代に当たる。 「のぞき」は竹田絡繰(からく…
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大土芸通信 第321号

江戸の物売りと大道芸 終了  去る九月二十九日(土)、通算十二回目の「江戸の物売りと大道芸」(深川江戸資料館主催)が、無事終わった。朝のうちは曇であったが始まる頃には雨になった。そのためもあってか、期待したよりも客足は伸びなかった。それでも午前の一回目は、八十名ぐらいの観客が座席を埋めてくれた。 午後は更に雨脚が強く、二回目…
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江戸の物売りと大道芸プログラム(大道芸通信 号外 2018/9/29発行)

 江戸の物売りと大道芸 ⑫  九月二十九日(土) 開催 第一回 十一時半~十二時十分(四十分) 第二回 十四時 ~十四時四十(四十分) 場所 江東区深川江戸資料館 (地下鉄大江戸線、半蔵門線       「清澄白河」駅下車 A3出口から徒歩3分)…
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大道芸通信 第320号

『煕代勝覧』が載せる生業⑧  現在の町境は道路だが、藩政時代は逆に道を挟んだ両側が同じ町内であった。これを両側町という。だから「向こう三軒両隣」が成立する。対して今は両隣こそ同じ町内だが、向こう三軒は別町内になってしまうから厄介である。 (自身番屋)  木戸番小屋とも云う。木戸脇にあり、町内へ不審者が入り込まぬか監視する…
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大道芸通信 第319号

『東都歳事記』が載せる「夏の生業」 藩政時代の夏と現在の夏では感覚が異なる。今年のようにめちゃくちゃ暑いのを除いても、季節も暦も思った以上にずれがある。言うまでもないが、藩政時代の夏は「四・五・六月」である。これに対し現在は、六・七・八月が夏である。太陰暦(旧暦)と太陽暦(新暦)の違いだから、暦ほど季節に違いはないが、違うものも多…
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大道芸通信 第318号

『煕代勝覧』が載せる生業⑦ 困ったときの『煕代勝覧』と云う訳ではないが、どうにもネタが浮かばんときの特効薬が『煕代勝覧』である。以前六回まで続けたから、今回は七回目である。号数で云えば、以前載せたのが第265号、年で云えば二〇一四年六月だから、四年前になる。「もうそんなに」というか「まだそのていどか」ということで年がわかる。…
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大道芸通信 第317号

江戸の物売りと大道芸 「物売りは大道芸か否か」と聞かれたら 私は「大道芸である」と答えている。人それぞれ或いは商品によって振り声(売り声)や表現に工夫を凝らしているからである。今に伝わる振り声も 感心するほど 商品の特性を捉えた発声や表現をしている。玉子売りは「ひと声も三声も云わぬ玉子売り」というように「たまごたまご」のふた声だけ…
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大道芸通信 第315号②

わいわい天王・牛頭天王  藩政時代、江戸の街には「わいわい天王」と呼ばれる大道芸人が盛んに出没していた。天狗の面を被って子供を集め、「わいわい天王囃(はや)すがお好き。喧嘩(けんか)は嫌い仲良く遊べ」などと、唱えながら「牛頭天王」と書かれたお札をばらまき、後で親の家を一軒一軒訪ねてはお布施を集めていた。 子供にとっても牛頭天…
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大道芸通信 第316号

「にほんの大道芸と物売り」 盛況裡に終える!  五月三日(木祝)に、深川江戸資料館との共催で行った標記イベントは、盛況のうちに終えることができた。これも皆様方のご支援の賜と、心より感謝します。 当日、一番心配であった天気も味方してくれ、朝まで降っていた雨も九時過ぎにはあがり、出かけるには申し分のない空模様になったのは幸甚であ…
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大道芸通信 第315号

 去る三月十七日(土)、通算十回目の「江戸の物売りと大道芸」(深川江戸資料館主催)が、無事終わった。朝から晴れ渡ってはいたが、天気予報が「気温低下」を出して居たからであろうが、思いの外客足は伸びなかった。それでも午前の一回目は、百三十名ぐらいの観客がいたのでほっとした。 午後からの二回目は、はとバス団体八十名、イスラエル人…
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にほんの大道芸と物売り

にほんの大道芸と物売り ~江戸から今に伝わる芸~ 深川江戸資料館 常設展示室で 年2回 「江戸の物売りと大道芸」 で出演している当会が 大道芸研究会と共に 現在まで伝わる大道芸の数々を 下記の通り一挙大公開します 伝承者の年齢等を考慮すると 今後同じような企画をすることは 中々難しい 恐らく今回が最初で最後 両会とも 渾身の力…
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大道芸通信 第314号

立ち絵紙芝居と錦影絵(写し絵)  上方で「錦影絵」,松江で「影人形」と呼ばれた「写し絵」は、映画やアニメの祖であると同時に「(立ち絵)紙芝居の祖」でもあると云われる。詳細については本紙第66号及び第171号に精しく書いたので興味のある方はそちらをご参照下さい。今号はこれまで気付かなかった「立ち絵」について考える。 当初、南蛮…
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大道芸通信 第313号

か ん か ん の う 「かんかんのう」は、幕末から明治にかけて流行った俗謡である。別名を唐人踊りとも言われたように、唐人服で踊っていた。元歌が清(しん)楽(がく)の「九(きゆう)連(れん)環(かん)」に由来するとされるからである。但し、歌詞も曲節もだいぶ殊なるようである。 日本で踊られたはじめは、文政三年(1820)に長…
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大道芸通信 第312号

バンソロ(算レ盤)  昨年逝去された元大締(大〆)師・藤本康男(甲南) 氏は、「バンソロ(算レ盤=速算術の本)」を打って(=商売)いた。今は絶滅した大締の話を、本紙に連載(98~102号、210~241号)したものを参考に、生前本人から取材したが書き漏らしていたものや、その後調べてわかったことを補足しながら、書いておきたい。以前の…
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大道芸通信 第311号

或る大道商人の足跡  先日、沖縄県在住で八十歳を過ぎたNさんから手紙を戴いた。 明治三十六年(1903)生まれの亡父が、十代後半から二十代半ばにかけて、京、大坂、時には関東にまで足を伸ばして寺社の縁日等で商売をしていた。その頃の名簿だと思えるものを持っているが、要るなら送ると云われ送って貰ったものの一部をコピーしたのが、左記である…
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大道芸通信 第310号

山東京伝作  『松梅竹取談』( まつとうめたけとりものがたり) 『松梅竹取談』(歌川国貞画)は、文化六(1809)年に刊行された合(ごう)巻(かん)(黄表紙=五丁一冊=を数冊分合わせて一冊にしたもの。文化年間=1804~1818以降流行。これにより、長編噺が出来るようになった)である。この合巻に、「人面疔」(ちよう …
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大道芸通信 第309号

  恐 る べ し颱 風(たいふう) 情 報 先月十六日(土)に行われた深川江戸資料館主催(第九回)「江戸の物売りと大道芸」は、颱風情報に振り回されてさんざんであった。それでも颱風が来るのは午後からとの情報があったためだろうか、午前に開催した一回目は、百四、五十名はいたから一(ひと)安(あん)心(しん)した。しかし、 …
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大道芸通信 号外

江東区深川江戸資料館主催    江戸の物売りと大道芸  日時 九月十六日(土) 第一回 十一時半~十二時十分(四十分)   第二回 十四時 ~十四時四十(四十分) 場所 江東区深川江戸資料館 (地下鉄大江戸線、半蔵門線「清澄白河」駅下車 A3出口から徒歩3分) …
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大道芸通信 第308号

ヴァイオリン演歌 楽四季一生 ヴァイオリン演歌とは、明治の末期から大正、昭和の初めにかけて大流行した音楽で、ヴァイオリンの弾き語りである。演歌師という今で言うストリートミュージシャンが、街角に立って自己流にヴァイオリンを鳴らしながら流行りの唄を唄い、唄の本を売って商売にしていた。   歴史と変遷 …
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大道芸通信 第307号

晦 日 に 月  旧暦(太陰太陽暦)を使っていた明治五年(1872)までは、月の満ち欠けによって一ヶ月を決めていたのは、皆さんご存じの通りである。つまり、月の出はじめが朔日(ついたち)であり、十五日が満月、晦日(暗い日=月末)が新月(月が出ない日)に決まっていた。だから、晦日(みそか)を「つごもり(晦)」つまり「月籠(ごも)り」と…
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大道芸通信 第306号

  樟脳船(しようのうぶね)の元祖   紙 製 の 遊 魚  紙製の遊魚は、水にたらした油が拡散する力を推進力に利用した玩具である。後には樟脳を推進力としたセルロイド製の船(樟脳船)に換わられる玩具の、最初期のものが、この紙製の遊魚である。明治期の『風俗画報』に紹介されたものを原文のまま紹介する。  紙製の…
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大道芸通信 第305号

街頭蓄音機  音声の記録媒体である蓄音機は、トーマス・エジソンによって発明された。一八七七年(明治十)のことである。円筒式のレコードを使用する円筒型蓄音機(錫箔円筒式)である。 その後一八八七年(明治二十)には、ドイツから米国に移民した、エミール・ベルリナーが円盤式レコードと蓄音機を発明、特許申請した。そのためだろうか、円筒式レコ…
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大道芸通信 第304号

理化学実験上の遊戯  タイトルを見ただけで如何にも時代がかっているが、明治の理化学者・坪川辰雄が『風俗画報』(明治33年・218号~)に連載したものである。後に香具師が「理化学応用○○」と名付け、街頭で実演。最後に、「これさえ読めば誰でも理化学者になれる」とか何とか言いながら、秘伝書に仕立て販売した。少々読みにくいが、原文のまま紹…
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大道芸通信 第303号

字 直 し の 曲 画  明治三十三年(1900)頃の夜店に出ていた商売である。夜店に限らず出ていたのかも知れないが、『風俗画報』の編者?が見たのは夜店であったと書いている。当時も外にいなかったが、それ以降現在までもいないと思える。  方法としてはこうだ。お客に筆を渡して、何でもいい、好きな字を書かせる。すると、その字を核にして…
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大道芸通信 第302号

『風俗画報』が載せる大道商人 『風俗画報』は、明治二十二年(1889)から大正五年(1916)まで二十七年間にわたって東陽堂から刊行された、わが国最初のグラフ雑誌であり、風俗研究誌である。全五百十八冊。藩政時代から明治・大正の世相・風俗・歴史・文学・事物・地理・戦争・災害等、あらゆる分野に及んでいる。主要な記事には石版刷の挿絵(後…
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江戸の物売りと大道芸

第8回 江戸の物売りと大道芸  日時 三月十八日(土) 第一回 十一時半~十二時十分(四十分) 第二回 十四時 ~十四時四十(四十分) 場所 江東区深川江戸資料館 (地下鉄大江戸線、半蔵門線「       清澄白河」駅下車 A3出口から徒歩3分)…
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大道芸通信 第301号

大道芸通信総目録(四) ー第221号から第300号までー 大道芸の資史料として続けてきた本紙も、三百号である。極力元資史料に当たり正確さを期した積もりであるが、校正ミスの多さには我ながら呆れる。調べる手間を惜しんで本紙からパクる人は気をつけた方がええ。そうせんと恥をかくで。それでもええちゅう輩は…。どうし…
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大道芸通信 第300号

『絵本風俗往来』が載せる珍商売  蘆廼葉散人(あしのはさんじん)・菊池貴一郎(1849~1925)は、四代目(よだいめ)歌川広重としても知られていたようである。代表作は、藩政時代江戸の風俗風物を挿絵と共に紹介した『江戸府内 絵本風俗往来』(明治三十八年=1905刊) である。その中から、紹介する。   丹波の荒熊 …
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大道芸通信 第299号

半 田 行 人 の 変 遷 「半田行人」は、武州東葛西領金町(東京都葛飾区金町)にある半田稲荷が発祥である。享保年間(一七一六~三六)に麻疹(はしか)や疱瘡(ほうそう)が流行った際、三宝院(半田稲荷別当寺。明治初年、廃仏毀釈により廃寺)の僧侶が、茜木綿(あかねもめん)製の法衣をまとい、赤地に白抜きで「半田稲荷大明神」と染め抜いた幟…
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大道芸通信 第298号

江戸東京のお稲荷さん 稲荷信仰は、主に①神道系、②仏教系、③民俗的信仰系の三系統がある。 神道系の信仰対象は「ウガノミタマノミコト(宇迦之御魂尊・倉稲魂大神・保食神)」であり、五穀豊穣を司る農耕神だった。これが後に漁村部では漁業神、都市部では商売繁盛や火伏(ひぶせ)の神とも認識され、広く全国へ浸透した。  総本社で…
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大道芸通信 第297号

深川江戸資料館開館三十周年記念 日本大道芸・大道芸の会創立二十周年記念 江戸資料館まつり 「にほんの大道芸」盛況裡に終了  平成28年度深川江戸資料館主宰イベント「にほんの大道芸」は、今月五日に行われ、盛況裡に終了した。同館の春秋彼岸行事として、すっかり定着した「江戸の物売りと大道芸」であるが、今年は同館…
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