大道芸通信 第307号

画像画像晦 日 に 月

 旧暦(太陰太陽暦)を使っていた明治五年(1872)までは、月の満ち欠けによって一ヶ月を決めていたのは、皆さんご存じの通りである。つまり、月の出はじめが朔日(ついたち)であり、十五日が満月、晦日(暗い日=月末)が新月(月が出ない日)に決まっていた。だから、晦日(みそか)を「つごもり(晦)」つまり「月籠(ごも)り」とも云っていたのである。従って、晦日に月が出ることなどあり得なかった。だから、「女郎の誠と(まこと )四角い玉子、あれば晦日に月がでる」という都々逸(どどいつ)が生きてくるのである。

これに対抗した訳ではあるまいが、「丸い玉子も切りよで四角、ものも云いよで角が立つ」というのもある。これに続くのが、「四角四面は豆腐屋の娘、色は白いが水っぽい」である。とは云うものの、「色は黒いが見てみやしゃんせ、味は大和のつるし柿」や、「色は黒いが浅草海苔は、白いご飯の上にのる」とか「色が黒くて惚れ手がなけりゃ、山の烏は後家ばかり」と云うように、黒いことの居直りも多い。それだけ色が黒いことに対する劣等感を持つ人が多かったからだろう。黒を擁護するほうが目立つ。 さて前置きが長くなったが、山東京伝の『九界(くがい)(苦界)十年色地獄(じゆうねんいろじごく)』を見ていたら、《かたて(片手)には玉子やきの四角をふたちゃわん(蓋
茶碗)に入れてもち給ふ。これ女郎のまこと(誠)といふみせかけなり》とあったことらの連想である。
上図の中で右端。右手に鉄瓶(てつびん)を持っている禿が(かむろ )、左手に持つ蓋茶碗の(ふたぢやわん )上にのる四角いものが玉子焼きである。つまり、「玉子は丸いと決めつけているようですが、玉子焼きにすれば四角にもなりますよ。たとえ女郎でもも世間並みの誠ぐらいありますよ」と、云うのである。
 禿と云えば女児とばかり思っていたが、男児もいたことをこの絵によって初めて知った。後ろで錫杖を持っているのは新造菩薩で地蔵菩薩のもじりである。但し、地蔵菩薩は子供たちを救ってくれるが、新造菩薩は、子供(=禿)たちの悪いことを見つけて、花魁(おいらん)へ鉄棒(かなぼう)を引くことが仕事である。鉄棒を引くとは、少しのことでも大袈裟に言うことである。

地獄に仏

《かかるいろぢごく(色地獄)のくるしき(苦しき)事をごくらく(極楽)通土の一寸さき(先)はやみだにょらい(闇だ如来)と申(す)大じんぼとけ(大尽仏)ふびん(不憫)におぼしめし、ていしゅ(亭主)大王にさうだん(相談)して、しまわうごん(紫磨黄金)を多く出し、みうけ(身請け)して、ごくらくつうど(極楽通土)へ、すくいとり(掬い取り)たまふ(給う)ぞ。あらありがたや。おたうとやいもとやおぢやいとこ(弟や妹や叔父や従兄弟)はとこ、ふたおや(二親)は申すにおよばず、たちまちじゃうぶつ(成仏)うたがい(疑い)なく、うかみ(浮かみ)上るといふ事は、こんな事からはじまりける。
女郎、ごうのはかり(業の秤)にかかる。
よいとり(鳥)がかかったと、よくしんまんまん(欲心満々)たる、おに(鬼)のやうなもの(者)あつまり(集まり)、かの三うらや(三浦屋)のためし(例)を引。ごうのはかり(業の秤)にかけてみれば、女郎のからだ(身体)より、みうけきん(身請金)のほうがおもひ(重い)ゆへ、これにてさうだんきまる(相談決まる)》
女郎屋が舞台であるため、阿弥陀ならぬ闇だ如来と云う大尽仏(=大金持ち)が、女郎を救ってくれる(=身請け)のである。極楽通土は極楽浄土を、「通人=粋人」らしくもじったもの。
 紫磨黄金は紫(し)磨金(まごん)、紫金(しこん)、つまり紫色を帯びた良質の黄金のこと。
 業の秤はご存じの通り、閻魔大王が亡者を裁く際に、亡者を乗せる秤。ここでは黄金の方が重かったため、女郎は身請けを認められた。これが逆だったら、少なくとも釣り合いが取れるまで黄金を積み増ししなければ、身請けは認められなかった。
 絵解き・地獄極楽でも、
「数千噸(とん)の岩石よりも、己が身体が重ければ罪が重いぞよ。罪が重たいその人は、地獄の鬼めが付き添いで火の車。作る大工はなけれども、己が作りて己が乗り」と云う一節の処である。
 ここでは女郎の身体より、黄金の方が重かったため、簡単に身請けが決まったのである。女郎の目方と同じだけ黄金を積む習慣というか逸話は、三浦屋の女郎・高尾太夫を伊達綱宗が身請けしたときに始まると云われる。
 しかし、高尾はどうしても綱宗を受け入れようとしなかったため、怒った綱宗は、隅田川の三つ叉で吊るし斬りにしたという。『名所江戸百景』の「三つまたわかれの淵」は、隅田川と小名木川、箱崎川の合流点を描いているとされる。また「わかれ」とは、海水と淡水の分かれ目だと云う事であるそうだが、小生には綱宗と高尾が別れたからであると思えて仕方ない。
 なお、この話は浄瑠璃や歌舞伎で「伽羅先代萩」として演じられている。
 
人間一生胸算用(にんげんいつしようむなざんよう)

 人間の身体の中心である主人は「心」。その心を支える番頭が「気」。耳、目、口、鼻の「重手代」、使用人は「手足」だけである。それらがもたらすドタバタ噺。 善魂の通力で、京伝が無二郎の腹の中へ入ってみると、無状無象国という国があった。旦那は「心」、番頭は「気」。心と気は元一体だったが分身したものである。耳目鼻口の四つは重(おも)手代という役人である。足と手は、手代から腰元、草履取、丁稚まで兼ねているから大変忙しい勤めである。この者たちの腰へ一筋ずつ腰縄をつけ、主の心はしっか り握っている。
手を動かそうとするときは手の縄を緩(ゆる)め、歩こうとするときは、足の縄を緩めるように、皆々心の下知に従って働く様は、鵜遣いの如く、猿廻しの如し。心の駒の手綱緩めるなとは、この事である。 無二郎の心はかねてから正しかったので、よく落ち着いて皆に下知するから、此の国はよく治まって穏やかでした。
 只恨むらくは、無二郎は若かったため、番頭の気は、なにかにつけて、折々気が変わる事があって、ふらふらしたりした。しかし心は、遠慮して引き、気を取り直して暮らしていた。
こんな様子を見ていた京伝は、不思議に思った。
「荘子が、蝸牛の(かたつむり )角(つの)の上に国があるといったのも、まんざらの万八(万に八つしか本当の事がない。嘘つき)でもあるまい」
《足は手を起こす。「これこれ手よ、目を覚ませ覚ませ。旦那がさっきから綱を動(いご)かさっしゃる」
手がいふ。「なあに、知らねへふりをして、ゐるがいい。大方また、鼻に手鼻をかんでやれといふことだらう。恐れる旦那だ」
京伝「さてさて、おつりきな理方(りかた)のものだ。とんとこけが宝引きを引くやうだ」》
「動かさっしゃる」に「いご」と振りが為してあるのは原本通りである。「魚」は「いを」、「栄螺」は「さざい」と振り仮名してあるものも多い。当時本所の五百羅漢寺にあった「三匝(さんそう)堂」も通称「さざゐ堂」と表記した。
 
 大道芸の会会員募集 
「南京玉すだれ」や「がまの膏売り」など、日本庶民の伝統文化「大道芸」を一緒に覚えませんか。練習日は左記の通りです。
●第三〇四回目 九月十三日(水(すい))

●第三〇五回目 十月十一日(水(すい))

時間・午後七時ー九時
場所・烏山区民センター 大広間(二階)

 また、歴史や時代背景を学び、或いは技術を向上させたい人のために、学習会や伝承会も行っています。
●日時 ・場所(随時)

 随時HP掲示板(ほーむぺーじけいじばん)等で通知

編集雑記
 日々暑い暑いと云っている間に早八月。考えてみれば「江戸の物売りと大道芸」まで一と月少々に迫った。演目は決まったものの、シナリオも練習も手つかずのままである。大丈夫かいなと、我がことながら気にかかる。慣れとは恐ろしいもの。何とかなると、高をくくっている自分がある。同時に気持ちの揺れもある。
一度や二度の通し稽古は必要だ。臨時に場所を設けてやるしかあるまい。勿論シナリオ完成が前提だ。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック