大道芸通信 第315号②

わいわい天王・牛頭天王

 藩政時代、江戸の街には「わいわい天王」と呼ばれる大道芸人が盛んに出没していた。天狗の面を被って子供を集め、「わいわい天王囃(はや)すがお好き。喧嘩(けんか)は嫌い仲良く遊べ」などと、唱えながら「牛頭天王」と書かれたお札をばらまき、後で親の家を一軒一軒訪ねてはお布施を集めていた。

子供にとっても牛頭天王は、それほど身近であった。しかし現在では、わいわい天王に限らず、牛頭天王を知る人はいないに等しい。慶応四年(一八六八)三月二十八日、神祇官事務局から出された「通達」、いわゆる「神仏分離令」によって、名指しで非難・排斥されたからである。

  神祇官事務局達      慶応四年三月二十八日
一、中古以来、某権現或ハ牛頭天王之類、其外仏語ヲ以神号ニ相称候神社不少候、何レモ其神社之由緒委細に書付、早早可申出候事、但勅祭之神社 御宸翰 勅額等有之候向ハ、是又可伺出、其上ニテ、御沙汰可有之候、其余之社ハ、裁判、鎮台、領主、支配頭等ヘ可申出候事
一、仏像ヲ以神体ト致候神社ハ、以来相改可申候事 附、本地抔と唱ヘ、仏像ヲ社前ニ掛、或ハ鰐口、梵鐘、仏具等之類差置候分ハ、早々取除キ可申事
 右之通被仰出候事 (神祇官事務局通達)

一、仏教が伝来してからというもの(中古以来)、「○○権現」や「牛頭天王の類」を名乗るものや、(八幡大菩薩のように)仏語を神号に使う神社が少からずある。そんな神社は全て詳細な由来を書いた書類を提出せよ。但し、勅命(天皇の命令)によって祭礼を行う神社や宸翰(天皇の直筆文書)、勅額等を持っている神社は、対処方法について伺いを立てよ。その上で連絡があるまで待て。それ以外の神社は、裁判(宰判=民政を管理する役所。旧長州藩の組織)、鎮台(明治四年設置の陸軍軍団)、領主、支配頭等へ申し出よ。
一、仏像を神体とする神社は、今後改めること。附、( つけたり )本地抔(など)と唱ヘて、仏像を社前に掛けたり、或は(仏教用具である)鰐口や梵鐘、仏具等の類を置いているものは、早々に片づけること。
 六世紀半ばに仏教が伝来して以来明治まで、千三百年以上に亘って、我が国では神仏混(こん)淆(こう)(習合)であり、本(ほん)地(じ)垂(すい)迹(じやく)説が当たり前であった。日本の神は、本地(=本体)である仏が垂迹(=化ける)したものであるという説である。
 仏教は、天皇家や蘇我氏がいち早く帰依したため、みるみる日本中を席巻した。その一方、山や岩など自然を崇(あが)めるだけの日本の宗教は、ひたすら拝み、清めるだけが宗教活動の全てである。仏教配下になることによって生き残りをはかった。「日本の神は仏が化けたものである」との胡麻擂(ごます)り戦法、本地垂迹説によってである。現在では信じられないだろうが、神社の本殿には仏像を置き、周りは仏具で飾り、社前には鈴ではなく鰐口をかけた。祝詞を読むのも坊主であり、神主は下働きに過ぎなかった。
そんな風潮に異を唱えたのが国学であり、賀茂真淵(一六九七~一七六九)や門人の本居宣長(一七三〇~一八〇一)等によって、確立したとされる。彼らは、外国からもたらされた儒教や仏教を中心に置いたそれまでの研究姿勢を批判し、日本独自の文化や精神を見出そうとした。日本の古典を研究し、儒教や仏教の影響を受ける以前の古代日本にあった文化や思想、精神(古道)を明らかにしようとしたのである。
 これが宣長の没後弟子・平田篤胤(一七七六~一八四三)によって復古神道として大成された。儒教や仏教伝来以前の日本固有の精神に立ち返ろうという思想であり、幕末の尊皇攘夷思想・討幕運動へ多大な影響を与えた。維新の立役者となった、長州藩の国学者・岩政信比古は、『淫祠論評』で左記のように述べている。

淫祀(延喜式神名帳に載っ ていないない神社)ヲ禁ゼラルルハヨケレ共(ども)、此御世ニ至テ愈々益々仏ニ迷ヒ玉フ事甚シク、空海最澄等ガ譌詐ニヨリテ神仏ヲ混ジ乱リシ事、多キハ何ゾヤ         (『淫祠論評』)          
「今のような時世になっても、まだ仏教による世の混乱が続いているのは、空海や最澄の偽りの行為が元となっているのである。彼等が神仏をごちゃ混ぜに乱したからだ」
 と、平田篤胤の影響を受けての神仏混淆批判をしている。その結果、過激な尊皇思想に基づく討幕運動が進められた。慶応四年(一八六八)一月三日から始まった戊辰戦争の帰趨がはっきりした三月十三日(=五箇条の誓文公布前日)、維新政府は『太政官布告』で、王政復古、神武創業の祭政一致への復帰を宣言したのである。

太政官布告          慶応四年三月十三日
此度 王政復古神武創業ノ始ニ被為基、諸事御一新祭政一致之御制度ニ御回復被遊候ニ付テ、先ハ第一、神祇官御再興御造立ノ上、追追諸祭奠モ可被為興儀、被仰出候、依テ此旨 五畿七道諸国に布告シ、往古ニ立帰リ、諸家執奏配下之儀ハ 被止、普ク天下之諸神社,神主、禰宜、祝、神部ニ至迄、向後右神祇官附属ニ被仰渡間、官位ヲ初、諸事万端、同官ヘ願立候様可相心得候事
但尚追追諸社御取調、并諸祭奠ノ儀モ可被仰出候得共、差向急務ノ儀有之候者ハ、可訴出候事       慶応四年三月十三日)

 右の布告が出された僅か四日後、再興されたばかりの神祇官事務局の手により、『別当、社僧の強制復飾(=還俗)通達』(同年三月十七日)が出された。

 神祇事務局ヨリ諸社ヘ達
    慶応四年三月十七日
今般王政復古、旧弊御一洗被為在候ニ付、諸国大小ノ神社ニ於テ、僧形ニテ別当或ハ社僧抔ト相唱ヘ候輩ハ、復飾被仰出候、若シ復飾ノ儀無余儀差支有之分ハ、可申出候,仍此段可相心得候事,但別当社僧ノ輩復飾ノ上ハ,是迄ノ僧位僧官返上勿論ニ候、官位ノ儀ハ追テ御沙汰可被為在候間、当今ノ処、衣服ハ淨衣ニテ勤仕可致候事、右ノ通相心得、致復飾候面面ハ、当局ヘ届出可申者也

 別当、社僧の強制復飾(=還俗)通達。それまでの神社は、本地垂迹説に基づき、寺院配下にあるのが普通であった。従って神社を代表する者は神主(禰宜等)ではなく僧侶(別当等)であり、寺社領や堂塔のみならず、祭祀、財政、人事を含む一切を社僧が支配していた。神殿に仏像や仏器が置かれ、僧侶が神に奉仕・神前で読経する光景が、当たり前であった。しかしこの事は、神道による天皇主権を推し進めようとしていた明治政府の方針を妨げるものであった。僧侶支配から神社を引き離し、独立させたのである。
 この過程で出されたのが、冒頭で紹介した『神祇官事務局達』(慶応四年三月二十八日)である。則ち、○○権現や牛頭天王など、神号を仏語で唱えることに対する不快感と、神社から仏教的なものの排斥を命じた。ここに牛頭天王は「テンノウ」と云う響きも災いして、名指しで非難されることとなったのである。
 これに追い打ちをかけたのが、『太政官達』(慶応四年閏四月四日)である。これによって、それまで当たり前であった「神仏混淆(習合)の禁止」と「僧侶の還俗・神主への転換」を命じたのである。
太政官達          慶応四年閏四月四日
今般諸国大小之神社ニオイテ神仏混淆之儀ハ御禁止ニ相成候ニ付、別当社僧之輩ハ、還俗ノ上、神主社人等之称号ニ相転、神道ヲ以勤仕可致候、若亦無処差支有之、且ハ佛教信仰ニテ還俗之儀不得心之輩ハ、神勤相止、立退可 申候事
但還俗之者ハ、僧位僧官返上勿論ニ候、官位之儀ハ追テ御沙汰可有之候間、当今之処、衣服ハ風折烏帽子浄衣白差貫着用勤仕可致候事
是迄神職相勤居候者ト、席順之儀ハ、夫々伺出可申候、其上御取調ニテ、御沙汰可有之候事              
 短期間で矢継ぎ早に出された布告や通達は、この国の人々が持っていた宗教観・生活感を根底から覆し(くつがえ )た。仏教伝来以来、千三百年以上の長きに亘って培われた神仏混淆(習合)思想に基づく伝統も、一夜にして神道重視の政策へ転換されることとなった。
 繰り返しになるが、神社には僧侶身分(別当、社僧等)と神職身分(社司、神主、祢宜、社人等)があったが、僧侶を上位、神職を下位に置くのが通例であった。ところが、国学や神道が盛んになってくると、神職身分の者が不平を抱くようになった。尊皇思想による討幕勢力が強くなるにつれ、神職たちの気持ちはそれまでになく高まった。
 そんなときに出されたのが、冒頭で紹介した『神祇官事務局達』(慶応四年三月二十八日)である。神職たちは僧侶支配脱却の好機到来とばかり、私憤も交え一斉に報復を始めた。新政府の威光を笠に廃仏毀釈を行うことになった通達である。
 それでは、この通達で名指し非難された「牛頭天王」とは何者であろうか。一言でいえば、祇園精舎の守護神とされる。そのため祇園信仰の神=祇園明神とも呼ばれた。陰陽道では天刑星。神仏混淆(習合)ではスサノオの本地、薬師如来に垂迹した。
 南北朝期に編纂された『神道集』は、「祇園大明神=牛頭天王=天刑星=武答天神=(男躰)薬師如来(女体)十一面観音」と述べる。
 また史書に現れる最初は、『釈日本紀』が載せる『備後国風土記』逸文である。処が、これには「牛頭天王」の名前は何処にもなく、「武塔(むとうの)神(かみ)」とこれに習合された「速須佐の雄(はやすさのお)」が出てくるだけである。原典史料であり、後の史料とも関連するので次号に全文を載せる。(続く)
 大道芸の会会員募集 
「南京玉すだれ」や「がまの膏売り」など、日本庶民の伝統文化「大道芸」を一緒に覚えませんか。練習日は左記の通りです。
●第三一二回目 五月九日(水(すい))

●第三一三回目 六月十三日(水(すい))

時間・午後七時ー九時
場所・烏山区民センター 大広間(二階)

◎特別練習
●第七回目
 日時 ・四月十八日(水)
 場所・右に同じ

編集雑記



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