大道芸通信 第320号

画像画像『煕代勝覧』が載せる生業⑧

 現在の町境は道路だが、藩政時代は逆に道を挟んだ両側が同じ町内であった。これを両側町という。だから「向こう三軒両隣」が成立する。対して今は両隣こそ同じ町内だが、向こう三軒は別町内になってしまうから厄介である。

(自身番屋)
 木戸番小屋とも云う。木戸脇にあり、町内へ不審者が入り込まぬか監視する役を持つ。泥棒などを捕まえたときは一晩留め置き、明くる日奉行所へ突き出す。 実際にはそんなことは殆どなく、町内の暇を持て余した連中が溜まり場にすることが多かった。

(桃?売り)
頭上に載せた箱に入っているのは桃のように見えるが、饅頭の可能性も捨てきれない。しかし、右側の男が呼び止めている様は、時期物である水菓子が相応しい。

(漆掻き)
埃を嫌う漆掻きは、薄暗い蔵の中などで行うイメージがあるが、大衆が使うお椀などは、左程気にしなかったようである。

(魚売り)
大きな魚はその場で下処理したり刺身に出来るよう水の入った桶と俎を持つ。

(石見銀山鼠取り)
石見銀山は、戦国期から江戸初期にかけて最盛期を迎えた日本最大の銀山である。 当時日本は世界の銀の三分の一を算出したとされるが、その多くは石見銀山と云う。鼠取りは、銀と共に産出される砒石(ひせき)すなわち硫砒鉄鉱を焼成して作られた殺鼠剤(ねずみ捕り)である。主成分は亜砒酸。俗称「石見銀山」とも呼ばれ、広く使われた。

(廻り髪結)
 櫛箱を抱え顧客の家を訪問していた。単純な男の髪は「髪結い床」(床屋)で間に合ったが、複雑な女の髪結いは専門家に任せることが増えた。
 とりわけ女の髪型が複雑化した明和年間(1764~72)頃からは、素人の手に負えなくなり、また、自分で結うのが難しい髪型が増えた。そのため、多彩な髪型を熟知し顧客の容姿や好みに結い上げる専門職が現れるようになった。その結果「廻り髪結」と云う職業が生まれ、遊郭で遊女の髪を結ったりした。 当初は男が多かったが、髪結いが複雑化するにつれ「女髪結い」が増えた。

(不知 笛売り?)

(坊主)

(四手駕籠と事触れ)
四本の竹を支柱とし、割竹で簡単に編んで垂れをつけた簡素な駕籠。服装は決まっていないが、必ず息杖を持った。(本紙第205号参照) 事触れは「鹿島の事触れ」

(高荷と古着売り)
高荷の中は見えないからどんな生業かはわからない。その前を布を被せた荷物を担って横切り、手前に歩いている男は古着売りである。

(野太鼓)
古着屋と反対を向いて扇を翳している男は「太鼓持ち…」に書くが、野太鼓(のだいこ)である。

(さんげさんげ)
錫杖、結袈裟(ゆいげさ)、扇の三点セットを持てば「さんげさんげ」に決まっている。これもまた宗教乞食である。錫杖を振りながら、門口や店先に立ち 「さんげさんげ六根清浄」と、喜捨をくれるまで唱え続けた。左手に持つ扇子は煽ぐためではなく喜捨を受ける際、くれる人と直接手が触れないように銭を受けるための小道具である。

(勧化巡礼)
前の三人とお坊さんは同じ一行である。先頭は荷物持ち兼用心棒、中の二人は喜捨目的の巡礼。一番後を歩くお坊さんも笠と杖を持ち脚絆を着けているからこれも旅装である。本堂修理等何かの目的を持って勧(かん)化(げ)するための一行と見た。振り返り気味で話をしている人は、お坊さんの話を聞いて同意し喜捨したようである。話を聞きながら頭(ず)陀(だ)袋(ぶくろ)へ喜捨されたものを入れている。

(太鼓持ちと女中蓮)
太鼓持ちは俗称で正式には幇(ほう)間(かん)=芸者。酒席やお座敷などで主人や客の機嫌をとり、自ら芸を見せる。更に舞妓や女芸者を扶け場を盛り上げるのに一役買う。幇は扶ける。間は人と人の間(=関係)。人間関係を繋ぎ扶けると云う意味合いであるとされる。
 なお、後(のち)に芸者は女性だけを指すようになったが元々男性であった。今も男のような名前を持つ芸者がいるのはその名残。関西では、今も「芸者」は男、女芸者は「芸子」と云うらしいが、人づてで実際は知らない。
 歴史的には豊臣秀吉の御伽衆を務めた曽呂利新左衛門を祖とすると云われる。秀吉の機嫌が悪そうな時は、「太閤 太閤」と持ち上げ機嫌を取っていたことから、「太閤持ち」と云われ、後に「太鼓持ち」に変化したとされる。専業の幇間は元禄年間(1688~1704)に始まり宝暦(1751~64)頃に確立したと云う。吉原の幇間を第一とし対抗馬が辰巳(深川)等であったようだが、文献等で確認したわけではない。
 正式な「太鼓持ち」は師匠について芸名を貰い、住み込みで、身の回りの世話や雑用をこなしながら芸を盗んだ。一方、師匠に付かず放蕩の果てに、見よう見まねで、身過ぎ世過ぎを行っていた者を「野太鼓(のだいこ)」という。
 女中は、宮中や武家屋敷、商家に住み込み、接客や身の回りの世話などを行う女性(上(かみ)女中)。炊事洗濯をする下(しも)女中(下女)とは別である。

(貸本屋?)
当時は本が高かったため、貸本で読むことが多かった。図書館の役目もしていた。

(医者?僧侶?)
坊主頭は医者と僧侶。生(なま)臭(ぐさ)坊主は医者の振りをした。

 大道芸の会会員募集 
「南京玉すだれ」や「がまの膏売り」など、日本庶民の伝統文化「大道芸」を一緒に覚えませんか。練習日は左記の通りです。
●第三一七回目 十月十日(水(すい))

●第三一八回目 十一月十四日(水(すい))予定

時間・午後七時ー九時
場所・烏山区民センター 大広間(二階)

 また、歴史や時代背景を学び、或いは技術を向上させたい人のために、学習会や伝承会も行っています。
●日時 ・場所(随時)

 随時HP掲示板(ほーむぺーじけいじばん)等で通知

編集雑記
 今回知人の紹介で、江戸「写し絵」とコラボで語った、説経節政太夫の説経節を聴きに行った。声だけで聴くのもいいが映像が加わるとなおいい。以前外(ほか)で聴いた人とはえらい違いであった。以前聴いた人のは、僅かに伝統の匂いはしたが、「これじゃ消えるのも当然だ」と思うほどつまらなかった。
 しかし。政太夫の語りはまるで違った。話芸の奥深さを改めて知らしめしてくれた。弟子の政竹も今は荒削りだが将来有望と見た。


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