大道芸通信 第346号

女(娘) 義 太 夫 義太夫節は浄瑠璃語り・竹本義太夫(1651~1714)が始めた浄瑠璃の流派である。竹本義太夫を名乗ったのは延宝八年(1680)頃からとされる。貞享元年(1684)、大坂道頓堀に竹本座を開場して座本となり、旗揚げ公演に近松門左衛門の『世継曽我』を語り評判となった。こうして近松門左衛門作竹本義太夫語りの組み合わ…
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大道芸通信 第345号

すたすた坊主に 後継者?  すたすた坊主は江戸前期から活躍していたようだが、一般に普及するようになったのは、享保年間(1716~36)以降であり、文化年間(1804~18)頃に最盛期を迎える。これが文政(1818~30)に入ると漸く衰え,記録の上では姿を消す。 これを二百年ぶりに復活させてのは、二〇〇五年(平成十七)に、当会創立…
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大道芸通信 第344号

思い入れや俗説を廃し 逐一原典を確認 斯界の要望に応える必携の一冊 『日本大道芸事典』遂に刊行 著者 光田 憲雄 装幀 B五判二段組+上段に挿絵 版元 岩田書院 定価 二万二千円 + 税 あらゆる芸能の原点であり…
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大道芸通信 第343号

『教訓善悪小僧揃』 『教訓善悪小僧』は歌川国芳晩年の作品である。国会図書館デジタルコレクションを最初から読込んでいたら行き当たった。半丁(一頁)が上下二段になっているので、色々な絵を楽しめる。中でも気になったのが飴細工である。現在のガラス細工同様、節(ふし)を抜いた細竹の端に熱した飴を巻き付け反対側の端から息を吹きこんで鳥などの作…
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大道芸通信 第342号

わ い わ い 天 王 左記のわいわい天王は英一蝶の『郡蝶画英 上』(明和六年=1769刊)が載せる「天王まつり」である。天狗の面を被っているのがわいわい天王であり、左手に持っているのが天王札である。その札を早く蒔けと、子供たちが催促しながら取り囲んでいるところである。遠くに見える幟は牛頭天王祭の幟である。普段は神田明神の地主神として…
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大道芸通信 第341号

『熈代勝覧』が載せる生業⑪ 幕末のメインストリート 今川橋から日本橋へ向かう通(とおり)町(ちよう)通りも 愈々室町一丁目に差しかかった。ここまで来ると喧噪の日本橋は目と鼻の先にある。日本橋といえば魚河岸=魚のイメージが強いが、青菜を売る見世や屋台、振り売りのほうが目立つ。春先に今川橋を出たが、ここまで来ると初夏の雰囲気が増すよう…
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大道芸通信 第340号

『熈(き)代(だい)勝(しよう)覧(らん)』が載せる生業⑩ 前回紹介したのは昨年三月号だから丁度一年前 ということになる。今回は絵を見ただけではどんな生業かわからないものが多い。御存知の方は是非ともご一報を待ちます。室町二丁目通りのの路上風景である。 傘持ち仲間を露払いに、馬に乗った武士が仲間に,何やら話しかけている様。 …
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大道芸通信 第339号

江 戸 の 春  現在の春は三月から五月だが、一八七二年(明治五)までは一月から三月であった。何故そうなったかというと、それまで使っていた太陰暦を太陽暦に換えたからである。一八七二年十二月三日を、翌一八七三年(明治六)一月一日にしたからである。つまり七二年は十二月二日でお終い。翌日は新年(七三年)の一月(正月)一日となったからである。…
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