大道芸通信 第352号

ヨゲンノトリ(予言の鳥)

 新型コロナ以来アマビエが流行っているが、山梨県立博物館が所蔵する『暴瀉病(ぼうしやびよう)流行日記』にはコレラ除けの呪い(まじな )を載す。市(いち)川(がわ)村(むら)(現山梨市)名主・喜左衛門(きざえもん)が顕した同書は、安政五年(1858)八月初頭の記事に、頭が二つある鳥の絵が描かれてある。同時に左記のような説明書きがある。

如図なる烏 去年十二月 加賀国白山ニあらわれ出て 申して云 今午(うま)年(どし)八九月の比(ころ)世の人九分通(り)死ル難有 依テ我等か姿ヲ朝夕共ニ仰(ぎ)、信心(する)者ハかならず其難の(が)るべしと云々。

熊野七社大権現御神 武(たけ)(き) 化(ママ)(徳か?)烏ニ御旨申(し)伝(う) 今年八九月に至テ人多(く)死(す)る事 神辺不思議之御つげ也 (佐藤文幸師解釈)

なお、山梨県立博物館は
下段冒頭に続く「御神武化烏ニ御旨申伝」を 「御神武の烏ニ候旨申伝」と解釈している。 
つまり、「化」を「の」と読んで神武天皇の八咫烏に引き当てている。しかし八咫烏に首は二つもないし、足は三本である。

又云ふ世上あまり○○に長じ上下共に右体(の)事を 以下は今後の宿題とする。

  煎 じ 物 売 り

煎じ物はお茶や薬草など湯に煎じて飲むものである。最近ではこんな商売を目にすることはないが、中世以来近世まで、様々に工夫し
て行われた。『風俗画報』(第二十三号)が『七十一番職人尽歌合』(=上図 室町時代成立。近年は「尽」を除くことが殆ど)から引用し「煎じ物売稿」として掲載しているので紹介する。
七十一番職人尽歌合 にこの図あり。歌に、「あたひなきよるをば いかがせんじもの 月見あそびにかふ人もがな」とあれば、その価安くしてくしてほんの遊山に、のんどをうるほす斗りの薬湯なるべし。また同書歌に、「おもひわび さてもいかがはせんじ物 恋のやまひのくすりならねば」とあり、格別薬に成といふものなからず。恋の病の薬ならねば、と思ひわびてよめるにて知るべし。
明和三年(1766)印本『糺物語』にこの図あり。是ハ茶店(ちやてん)と思はるれと。されどそのさま往来して一寸休息なし。のんどをばうるほす斗りに見ゆ。
思ふに箱のうへに茶器あり。又薬器なる哉。いづれにしてもせんじ物の一つにおもはる事なり。『七十一番職人尽歌合』にも売茶の図あり。前に釜を据ゑ、一ぷく一銭と肩書きあり。この図と同一のものか知らず。
この図も前に出せる『糺物語』にあり。『七十一番職人尽歌合』の図と同じ。只風俗の替りたるのみなり。この図を見るに、前に女の立ちてその後に男往来せり。多くは遊山する有様なり。則ちせんじ物売なり。
この図も『糺物語』にあり。上と同じ煎じ物売りなり。

きせるの製異なるゆゑに筆のついでにうつし出せり。尤も煎じ物所望の客人なり。この『糺物語』より出せる図多くは社地境内又は花の山などに煎じ物売をゑがけり。この煎じ物は今医院薬店の門に施せるびはえふ湯(琵琶葉湯)といへるもののたぐひなるべし。近頃まで遊山の場所には売来りし事あり。己れ若冠の頃見覚えしが、甘露湯、せうが湯(生姜湯)、くず湯などと皆砂糖をだいにして呑ませしなり。
思ふに図するせんじ物売も砂糖湯めきたるものか。『糺物語』上の巻ニ云。「きびと申す草をせんじ候へば、黒き砂糖に成る物なり。この黒き砂糖を又煎じ申せば白き砂糖に成るものなり。是を又煎じ申せば氷砂糖に成るものなり」とあれば、甘露湯などいふは白砂糖を煎じたるものにて是をよく煎じて氷砂糖にするなるべし。この煎じ物もそのたぐひか知らん。
編者云。猿楽にも煎じ物といきせるの製異なるゆゑに筆
のついでにうつし出せり。尤も煎じ物所望の客人なり。この『糺物語』より出せる図多くは社地境内又は花の山などに煎じ物売をゑがけり。この煎じ物は今医院薬店の門に施せるびはえふ湯(琵琶葉湯)といへるもののたぐひなるべし。近頃まで遊山の場所には売来りし事あり。己れ若冠の頃見覚えしが、甘露湯、せうが湯(生姜湯)、くず湯などと皆砂糖をだいにして呑ませしなり。
思ふに図するせんじ物売も砂糖湯めきたるものか。『糺物語』上の巻ニ云。「きびと申す草をせんじ候へば、黒き砂糖に成る物なり。この黒き砂糖を又煎じ申せば白き砂糖に成るものなり。是を又煎じ申せば氷砂糖に成るものなり」とあれば、甘露湯などいふは白砂糖を煎じたるものにて是をよく煎じて氷砂糖にするなるべし。この煎じ物もそのたぐひか知らん。
編者云。猿楽にも煎じ物といふ狂言ありて第一図の如きもの担(かた)げて祇園会に出る脚色(しくみ)あり。その文句に、陳皮乾薑(かんきよう)甘艸(かんそう)も加へ加へて煎じ詰めたる煎じ物召せ召せとあり。古くより売歩行(ある)きしものと見えたり。    (『風俗画報』)

『熈代勝覧』に見る生業

●雪(せつ)駄(た)直し
底皮が傷んだり鼻緒が切れたりした雪駄を直す生業。通称を「でいでい屋」と呼んだように、「でー でー」といいながら歩いた。『守貞謾稿』によると「手入れ手入れ」が訛ったものだそうである。

●貸本屋
本が大変高かった当時は、貸本屋から借りるのが普通であり昨今の図書館の役割も果たしていた。

●鮨売り
鮨と云えば江戸前鮨を思い浮かべる人も多いだろうが、『熈代勝覧』の描かれた文化二年頃は、押寿司や稲荷寿司が全盛であった。正月二日に売り歩いた「小鰭鮨」や「稲荷寿司」は後々まで人気であったが、押寿司は幕末に安価な江戸前鮨が出まわるようになると急激に人気が衰えた。

●付(つけ)木(ぎ)売り
杉や檜の剥板(へぎいた)(木口に鉈や楔を打ち込み木目に沿って薄く断割(たちわ)った板)の片側に硫(い)黄(おう)を塗って火が点きやすいようにした。燐寸の前身。

●猿廻し(猿曳き)
猿に向かって犬が吠える。犬猿の仲を地で行く一齣。 猿が向こう側を向いているのは、犬を無視しているのだろうか。移動中の猿廻し。

●煙管売り
首から提げた風呂敷で包んだ小箱に,各種煙管を取りそろえて販売している。

●さんげさんげ
錫杖を振りながら、「さんげさんげ(散華散華)ろっこんしょうじょう(六根清浄)」と繰返しお布施を受けた。左手に持つ扇はお布施を受けるための小道具。

●ことぶれ
鹿(か)島(じまの)事触(ことぶれ)が著名だが、それ故偽物が多く出た。為に廃止され「御(お)師(し)」制度が発足した。(鹿島)御師は講を組織し、江戸・下総・上総・安房地域を領域とし、太々神楽や配札をした。更には自宅を宿泊施設とした「鹿島ツアー」や「東国三社参り(鹿島香取両神宮+息栖神社)」等を主催した。

●鳥刺し
将軍が鷹狩りに使う鷹の餌を捕るという名目で、先端に鳥もちをつけた長い棹を持って、藪の多い大名屋敷の庭などへ入って行った。鳥見役は、将軍に先立って屋敷へ入り、諜報活動をしていた。

 大道芸の会会員募集 
「南京玉すだれ」や「がまの膏売り」など古来から伝わる庶民の伝統文化「大道芸」を一緒に伝承しませんか。練習日は左記の通りです。
●第三五二回目 四月十四日(水(すい))

●第三五三回目 五月十二日(水(すい))
時間・午後六時ー七時半
場所・烏山区民センター 大広間(二階)

 また、歴史や時代背景を学び、或いは技術を向上させたい人(オンリー・ワンやナンバー・ワンを目指す人)のために、一名から学習会や特別練習も行っています。
●日時 ・場所(随時)
 随時HP掲示板(ほーむぺーじけいじばん)等で通知

編集雑記
コロナ除けの緊急事態発令を更に二週間延ばしたが、その間何をする、どういう対策を取るということは決して云わない。現在の散華散華に祈って貰うか、事触れに占って貰うか以外の方法はしなさそうだから。
 検査数(分母)を減らして、感染者(分子)が減った減ったと騒ぎたてるだけだろう。その間肺炎や癌患者の死者が増えたとしても、コロナじゃないから好し、か?。





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