大道芸通信 第318号

『煕代勝覧』が載せる生業⑦ 困ったときの『煕代勝覧』と云う訳ではないが、どうにもネタが浮かばんときの特効薬が『煕代勝覧』である。以前六回まで続けたから、今回は七回目である。号数で云えば、以前載せたのが第265号、年で云えば二〇一四年六月だから、四年前になる。「もうそんなに」というか「まだそのていどか」ということで年がわかる。…
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大道芸通信 第317号

江戸の物売りと大道芸 「物売りは大道芸か否か」と聞かれたら 私は「大道芸である」と答えている。人それぞれ或いは商品によって振り声(売り声)や表現に工夫を凝らしているからである。今に伝わる振り声も 感心するほど 商品の特性を捉えた発声や表現をしている。玉子売りは「ひと声も三声も云わぬ玉子売り」というように「たまごたまご」のふた声だけ…
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大道芸通信 第315号②

わいわい天王・牛頭天王  藩政時代、江戸の街には「わいわい天王」と呼ばれる大道芸人が盛んに出没していた。天狗の面を被って子供を集め、「わいわい天王囃(はや)すがお好き。喧嘩(けんか)は嫌い仲良く遊べ」などと、唱えながら「牛頭天王」と書かれたお札をばらまき、後で親の家を一軒一軒訪ねてはお布施を集めていた。 子供にとっても牛頭天…
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大道芸通信 第316号

「にほんの大道芸と物売り」 盛況裡に終える!  五月三日(木祝)に、深川江戸資料館との共催で行った標記イベントは、盛況のうちに終えることができた。これも皆様方のご支援の賜と、心より感謝します。 当日、一番心配であった天気も味方してくれ、朝まで降っていた雨も九時過ぎにはあがり、出かけるには申し分のない空模様になったのは幸甚であ…
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大道芸通信 第315号

 去る三月十七日(土)、通算十回目の「江戸の物売りと大道芸」(深川江戸資料館主催)が、無事終わった。朝から晴れ渡ってはいたが、天気予報が「気温低下」を出して居たからであろうが、思いの外客足は伸びなかった。それでも午前の一回目は、百三十名ぐらいの観客がいたのでほっとした。 午後からの二回目は、はとバス団体八十名、イスラエル人…
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にほんの大道芸と物売り

にほんの大道芸と物売り ~江戸から今に伝わる芸~ 深川江戸資料館 常設展示室で 年2回 「江戸の物売りと大道芸」 で出演している当会が 大道芸研究会と共に 現在まで伝わる大道芸の数々を 下記の通り一挙大公開します 伝承者の年齢等を考慮すると 今後同じような企画をすることは 中々難しい 恐らく今回が最初で最後 両会とも 渾身の力…
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大道芸通信 第314号

立ち絵紙芝居と錦影絵(写し絵)  上方で「錦影絵」,松江で「影人形」と呼ばれた「写し絵」は、映画やアニメの祖であると同時に「(立ち絵)紙芝居の祖」でもあると云われる。詳細については本紙第66号及び第171号に精しく書いたので興味のある方はそちらをご参照下さい。今号はこれまで気付かなかった「立ち絵」について考える。 当初、南蛮…
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大道芸通信 第313号

か ん か ん の う 「かんかんのう」は、幕末から明治にかけて流行った俗謡である。別名を唐人踊りとも言われたように、唐人服で踊っていた。元歌が清(しん)楽(がく)の「九(きゆう)連(れん)環(かん)」に由来するとされるからである。但し、歌詞も曲節もだいぶ殊なるようである。 日本で踊られたはじめは、文政三年(1820)に長…
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大道芸通信 第312号

バンソロ(算レ盤)  昨年逝去された元大締(大〆)師・藤本康男(甲南) 氏は、「バンソロ(算レ盤=速算術の本)」を打って(=商売)いた。今は絶滅した大締の話を、本紙に連載(98~102号、210~241号)したものを参考に、生前本人から取材したが書き漏らしていたものや、その後調べてわかったことを補足しながら、書いておきたい。以前の…
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大道芸通信 第311号

或る大道商人の足跡  先日、沖縄県在住で八十歳を過ぎたNさんから手紙を戴いた。 明治三十六年(1903)生まれの亡父が、十代後半から二十代半ばにかけて、京、大坂、時には関東にまで足を伸ばして寺社の縁日等で商売をしていた。その頃の名簿だと思えるものを持っているが、要るなら送ると云われ送って貰ったものの一部をコピーしたのが、左記である…
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大道芸通信 第310号

山東京伝作  『松梅竹取談』( まつとうめたけとりものがたり) 『松梅竹取談』(歌川国貞画)は、文化六(1809)年に刊行された合(ごう)巻(かん)(黄表紙=五丁一冊=を数冊分合わせて一冊にしたもの。文化年間=1804~1818以降流行。これにより、長編噺が出来るようになった)である。この合巻に、「人面疔」(ちよう …
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大道芸通信 第309号

  恐 る べ し颱 風(たいふう) 情 報 先月十六日(土)に行われた深川江戸資料館主催(第九回)「江戸の物売りと大道芸」は、颱風情報に振り回されてさんざんであった。それでも颱風が来るのは午後からとの情報があったためだろうか、午前に開催した一回目は、百四、五十名はいたから一(ひと)安(あん)心(しん)した。しかし、 …
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大道芸通信 号外

江東区深川江戸資料館主催    江戸の物売りと大道芸  日時 九月十六日(土) 第一回 十一時半~十二時十分(四十分)   第二回 十四時 ~十四時四十(四十分) 場所 江東区深川江戸資料館 (地下鉄大江戸線、半蔵門線「清澄白河」駅下車 A3出口から徒歩3分) …
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大道芸通信 第308号

ヴァイオリン演歌 楽四季一生 ヴァイオリン演歌とは、明治の末期から大正、昭和の初めにかけて大流行した音楽で、ヴァイオリンの弾き語りである。演歌師という今で言うストリートミュージシャンが、街角に立って自己流にヴァイオリンを鳴らしながら流行りの唄を唄い、唄の本を売って商売にしていた。   歴史と変遷 …
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大道芸通信 第307号

晦 日 に 月  旧暦(太陰太陽暦)を使っていた明治五年(1872)までは、月の満ち欠けによって一ヶ月を決めていたのは、皆さんご存じの通りである。つまり、月の出はじめが朔日(ついたち)であり、十五日が満月、晦日(暗い日=月末)が新月(月が出ない日)に決まっていた。だから、晦日(みそか)を「つごもり(晦)」つまり「月籠(ごも)り」と…
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大道芸通信 第306号

  樟脳船(しようのうぶね)の元祖   紙 製 の 遊 魚  紙製の遊魚は、水にたらした油が拡散する力を推進力に利用した玩具である。後には樟脳を推進力としたセルロイド製の船(樟脳船)に換わられる玩具の、最初期のものが、この紙製の遊魚である。明治期の『風俗画報』に紹介されたものを原文のまま紹介する。  紙製の…
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大道芸通信 第305号

街頭蓄音機  音声の記録媒体である蓄音機は、トーマス・エジソンによって発明された。一八七七年(明治十)のことである。円筒式のレコードを使用する円筒型蓄音機(錫箔円筒式)である。 その後一八八七年(明治二十)には、ドイツから米国に移民した、エミール・ベルリナーが円盤式レコードと蓄音機を発明、特許申請した。そのためだろうか、円筒式レコ…
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大道芸通信 第304号

理化学実験上の遊戯  タイトルを見ただけで如何にも時代がかっているが、明治の理化学者・坪川辰雄が『風俗画報』(明治33年・218号~)に連載したものである。後に香具師が「理化学応用○○」と名付け、街頭で実演。最後に、「これさえ読めば誰でも理化学者になれる」とか何とか言いながら、秘伝書に仕立て販売した。少々読みにくいが、原文のまま紹…
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大道芸通信 第303号

字 直 し の 曲 画  明治三十三年(1900)頃の夜店に出ていた商売である。夜店に限らず出ていたのかも知れないが、『風俗画報』の編者?が見たのは夜店であったと書いている。当時も外にいなかったが、それ以降現在までもいないと思える。  方法としてはこうだ。お客に筆を渡して、何でもいい、好きな字を書かせる。すると、その字を核にして…
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大道芸通信 第302号

『風俗画報』が載せる大道商人 『風俗画報』は、明治二十二年(1889)から大正五年(1916)まで二十七年間にわたって東陽堂から刊行された、わが国最初のグラフ雑誌であり、風俗研究誌である。全五百十八冊。藩政時代から明治・大正の世相・風俗・歴史・文学・事物・地理・戦争・災害等、あらゆる分野に及んでいる。主要な記事には石版刷の挿絵(後…
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江戸の物売りと大道芸

第8回 江戸の物売りと大道芸  日時 三月十八日(土) 第一回 十一時半~十二時十分(四十分) 第二回 十四時 ~十四時四十(四十分) 場所 江東区深川江戸資料館 (地下鉄大江戸線、半蔵門線「       清澄白河」駅下車 A3出口から徒歩3分)…
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大道芸通信 第301号

大道芸通信総目録(四) ー第221号から第300号までー 大道芸の資史料として続けてきた本紙も、三百号である。極力元資史料に当たり正確さを期した積もりであるが、校正ミスの多さには我ながら呆れる。調べる手間を惜しんで本紙からパクる人は気をつけた方がええ。そうせんと恥をかくで。それでもええちゅう輩は…。どうし…
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大道芸通信 第300号

『絵本風俗往来』が載せる珍商売  蘆廼葉散人(あしのはさんじん)・菊池貴一郎(1849~1925)は、四代目(よだいめ)歌川広重としても知られていたようである。代表作は、藩政時代江戸の風俗風物を挿絵と共に紹介した『江戸府内 絵本風俗往来』(明治三十八年=1905刊) である。その中から、紹介する。   丹波の荒熊 …
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大道芸通信 第299号

半 田 行 人 の 変 遷 「半田行人」は、武州東葛西領金町(東京都葛飾区金町)にある半田稲荷が発祥である。享保年間(一七一六~三六)に麻疹(はしか)や疱瘡(ほうそう)が流行った際、三宝院(半田稲荷別当寺。明治初年、廃仏毀釈により廃寺)の僧侶が、茜木綿(あかねもめん)製の法衣をまとい、赤地に白抜きで「半田稲荷大明神」と染め抜いた幟…
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大道芸通信 第298号

江戸東京のお稲荷さん 稲荷信仰は、主に①神道系、②仏教系、③民俗的信仰系の三系統がある。 神道系の信仰対象は「ウガノミタマノミコト(宇迦之御魂尊・倉稲魂大神・保食神)」であり、五穀豊穣を司る農耕神だった。これが後に漁村部では漁業神、都市部では商売繁盛や火伏(ひぶせ)の神とも認識され、広く全国へ浸透した。  総本社で…
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大道芸通信 第297号

深川江戸資料館開館三十周年記念 日本大道芸・大道芸の会創立二十周年記念 江戸資料館まつり 「にほんの大道芸」盛況裡に終了  平成28年度深川江戸資料館主宰イベント「にほんの大道芸」は、今月五日に行われ、盛況裡に終了した。同館の春秋彼岸行事として、すっかり定着した「江戸の物売りと大道芸」であるが、今年は同館…
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大道芸通信 第29⑤号

耳垢取(耳掃除)  現在はアキバ美人が膝枕させながら「耳赤取(みみあかとり)」してくれるが、旧くは唐人スタイルの男が、道ばたで立ったまま行なった。膝枕だと、取れた耳垢が耳の奥へ落ちたりするので良くないという話を聞いたことがある。純粋に耳垢取りだけなら、藩政時代みたいに立ったままの方が合理的なようである。しかし、合理性だけで…
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大道芸通信 第294号

                  夷 舞(えびすまい) と 夷 舞(えびすまわし)  傀儡師を「夷舞」(えびすまわし)と呼んだのは、摂津国西宮(兵庫県史四宮)にある西宮夷を発祥地とするからである。藩政時代の江戸で 「山猫(やまねこ)」と云ったものも同じである。  なお山猫は、乞胸十二種の一…
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大道芸通信 第293号

針 金 細 工  針金細工は、旧くから日本にもあった。古墳時代には、青銅や銅を細く削って作っていた。奈良時代には金属を叩いて延ばす加工技術も確立された。 但し、当初は仏具や装飾品が主要な用途であった。その後、鉄製の針金は武具や針などの実用品に、金銀製の針金は装飾品に、銅製の針金は篩や金網など、用途によって使い分けられるようになった…
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神田明神と平将門伝説

神田明神と平将門伝説       はじめに  神田明神の祭神は3柱ですが、平将門以外の2柱を知る人は少ないようです。また、神田祭の象徴である千貫神輿は、本社ではなく境内末社の江戸神社に所属しています。だから神輿の正面に「江戸神社」、側面に…
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大道芸通信 第292号

『法術やり方絵解』 『法術やり方絵解』は、昭和三年に「修霊鍛身会」から刊行された。一癖も二癖もありそうな発行元であるが、前書きに書かれてあることは、すこぶるまともである。 一、現今行はれる法術は頗る多いが、何れも種のないものはない。されば一種の奇術であることは勿論である。 唯、所謂奇術は其の種を風呂敷の下に忍ばせて…
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大道芸通信 第291号

女太夫 と 鳥追い  女太夫(おんなたゆう)と鳥追(とりおい)は、営業時期が異なるだけで同じ人間が行っていた。日常的に行っているのが女太夫で、期間限定で行うのが鳥追である。正月二日から十五日まで、つまり松の内の間だけ営業したのが鳥追いで有り、それ以外は女太夫として営業した。正月にふさわしく編み笠を被り、袖口や襟にも気を配って、より…
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大道芸通信 第290号

深川江戸資料館 春秋彼岸恒例行事  残念! 雨には勝てなかった 去る三月十九日(土)に行われた、深川江戸資料館春秋彼岸の恒例行事「江戸の物売りと大道芸」へ今回も出演した。三連休初日とあって人出も期待されたが、朝から冷たい雨。嫌な予感通り、桁違いのワースト記録をあっさり塗り替えてしまった。 天気予報…
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大道芸通信 号外

江戸の物売りと大道芸(第六回)  日時 二〇一六年三月十九日(土) 第一回 十一時三十分~十二時十分 第二回 十四時~十四時四十分 場所 深川江戸資料館(都営地下鉄大江戸線・南北線「清澄白河」下車 A3出口 徒歩3分)  ご当地、深川といえば…
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大道芸通信 第289号

明治筑豊炭坑町に現れた大道芸人  明治の筑豊炭田と云えば、先にユネスコの記憶遺産に認定された山本作兵衛の炭坑画が思い出される。全部見たわけではないが、中に大道芸人(商人)を描いたものがだいぶある。が、解説がなければ全くわからなくなったものも多い。以前紹介(第152~161号)した『山本作兵衛ノート』と『筑豊炭坑絵物語』に共通掲載さ…
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大道芸通信 第288号

『このころ草』 『このころ草』(天和二年1682刊)は、解説付き風俗画本とでも呼んだらいいのだろうか。この頃(天和二年頃)の風俗を描いた画本である。「このころ」の読み方下あるが、今なら間違いなく「このごろ」と濁る。しかし当時は、清音だった可能性がある。原則濁点を付けない当時は、文意を推測して付けたり付けなかったりしていたからである。…
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大道芸通信 第287号

日本の大道芸 古来から伝わる日本の大道芸は、「物売り系」と「芸能系」に大別される。  物売り系は、零細商人の人集め手段が芸に昇華したものである。従って芸では銭を取らず、集まった人に何らかの商品を渡して対価を得ていた。これに対し芸能系は、芸自体が商品である。従って芸を見た人からは当然のように投げ銭を受けていた。  ●…
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大道芸通信 第286号

曲 独 楽  曲独楽は、奈良時代に大陸から伝来した「散楽雑伎」の一つであったが、桓武天皇の延暦元年(762)に散楽戸が廃止されると、急激に衰えた。これが再び脚光を浴びるようになったのは、元禄十三年(1700)に博多の少年初太郎が、京都・四条河原の芝居小屋で演じ、大喝采を浴びたことによる。 『けいせい色三味線』(元禄十五年…
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大道芸通信 第285号

大道芸から浪曲へ         ー 「ちょんがれ」と「ちょぼくれ」 ー 「ちょんがれ」も「ちょぼくれ」も発祥が祭文にあることははっきりしている。しかし、それがどのような曲調であったかについては、今でははっきりしない。諸芸を取り込んで完成した浪花節は、「ちょんがれ…
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大道芸通信 第284号

浮世十二支 ② 『浮世十二支』は、本誌第百十号及び百十一号(二〇〇四年一月~二月)で紹介済みであるが、その際見つからなかった干支(えと)を国会図書館資料の中に見つけたので紹介する。  中期以降の浮世絵界にとって歌川派の存在は、きわめて大きい。とりわけ寛政六、七年(1794~95)に彗星のように現れ消えた写楽とも競った、初代豊…
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大道芸通信代283号

傀 儡 師(かいらいし) 傀儡師を一言で言えば(操り(あやつ ))人形遣(つか)いである。発祥は、十日戎で知られる西宮神社とされる。だから当初は「えびすまわし」と呼ばれていた。  これが後に江戸へ伝わると、「山(やま)猫(ねこ)」とも云われるようになった。当初は、客に呼ばれて室内で演じるものだったが、後には大道で演じるもの…
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大道芸通信第281号

深川江戸資料館主催 江戸の物売りと大道芸 開催日 九月十二日(土) 時間 一回目 11時30分~12時10分 二回目 14時~14時40分 場所 深川江戸資料館 常設展示室  (地下鉄半蔵門…
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大道芸通信第280号

ハラハラ……インドの路上でのでんぐり返し 澤野 勉 六月はインドの最も暑い季節とのことーー。  覚悟していったものの、持参の温度計は四十六度を指している。焼けるような暑さだ。大理石の精巧な彫刻で彩られているアグラ宮殿を訪ねる。   古の(いにしえ )栄華の極み…
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大道芸通信第279号

明治の大道芸 藩政時代までの大道芸の記録はそれなりに残されている。しかし、明治になると極端に少なくなる。法令や条例による禁令は勿論、「外国人に対してみっともない」と云われ、更には火除地の廃止等によって迫害され続けたからである。それでも生活がかかっているから、思いの外しぶとく生きながらえた。前時代を踏襲するものや新たに生まれ…
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大同芸通信第278号

江戸の珍商売(生業)④    孝 行 糖 元々上方落語であったが、明治期に三代目三遊亭圓馬によって東京落語の演目にもなった。落語の枕に「魚屋」「ふるい屋」「荒金屋=金属回収業」が出て来ることが多い。つまり、最初に魚屋が出て来る。振り声は例えば鰯。(いわし )「いわしこオ、いわしこオ」。すると篩屋(ふるいや)が「…
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大道芸通信第277号

深川江戸資料館主催 「江戸の物売りと大道芸」 大盛況で終わる 先月二十一日(土)に開催された深川江戸資料館主催イベント「江戸の物売りと大道芸」公演参加者は、四百名(総入館者数六五七名)という大盛況で終えることが出来ました。これも会員はじめ皆様ご協力の賜物と心より感謝致します。 今…
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