大道芸通信 第308号

ヴァイオリン演歌 楽四季一生 ヴァイオリン演歌とは、明治の末期から大正、昭和の初めにかけて大流行した音楽で、ヴァイオリンの弾き語りである。演歌師という今で言うストリートミュージシャンが、街角に立って自己流にヴァイオリンを鳴らしながら流行りの唄を唄い、唄の本を売って商売にしていた。   歴史と変遷 …
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大道芸通信 第307号

晦 日 に 月  旧暦(太陰太陽暦)を使っていた明治五年(1872)までは、月の満ち欠けによって一ヶ月を決めていたのは、皆さんご存じの通りである。つまり、月の出はじめが朔日(ついたち)であり、十五日が満月、晦日(暗い日=月末)が新月(月が出ない日)に決まっていた。だから、晦日(みそか)を「つごもり(晦)」つまり「月籠(ごも)り」と…
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大道芸通信 第306号

  樟脳船(しようのうぶね)の元祖   紙 製 の 遊 魚  紙製の遊魚は、水にたらした油が拡散する力を推進力に利用した玩具である。後には樟脳を推進力としたセルロイド製の船(樟脳船)に換わられる玩具の、最初期のものが、この紙製の遊魚である。明治期の『風俗画報』に紹介されたものを原文のまま紹介する。  紙製の…
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大道芸通信 第305号

街頭蓄音機  音声の記録媒体である蓄音機は、トーマス・エジソンによって発明された。一八七七年(明治十)のことである。円筒式のレコードを使用する円筒型蓄音機(錫箔円筒式)である。 その後一八八七年(明治二十)には、ドイツから米国に移民した、エミール・ベルリナーが円盤式レコードと蓄音機を発明、特許申請した。そのためだろうか、円筒式レコ…
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大道芸通信 第304号

理化学実験上の遊戯  タイトルを見ただけで如何にも時代がかっているが、明治の理化学者・坪川辰雄が『風俗画報』(明治33年・218号~)に連載したものである。後に香具師が「理化学応用○○」と名付け、街頭で実演。最後に、「これさえ読めば誰でも理化学者になれる」とか何とか言いながら、秘伝書に仕立て販売した。少々読みにくいが、原文のまま紹…
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大道芸通信 第303号

字 直 し の 曲 画  明治三十三年(1900)頃の夜店に出ていた商売である。夜店に限らず出ていたのかも知れないが、『風俗画報』の編者?が見たのは夜店であったと書いている。当時も外にいなかったが、それ以降現在までもいないと思える。  方法としてはこうだ。お客に筆を渡して、何でもいい、好きな字を書かせる。すると、その字を核にして…
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大道芸通信 第302号

『風俗画報』が載せる大道商人 『風俗画報』は、明治二十二年(1889)から大正五年(1916)まで二十七年間にわたって東陽堂から刊行された、わが国最初のグラフ雑誌であり、風俗研究誌である。全五百十八冊。藩政時代から明治・大正の世相・風俗・歴史・文学・事物・地理・戦争・災害等、あらゆる分野に及んでいる。主要な記事には石版刷の挿絵(後…
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江戸の物売りと大道芸

第8回 江戸の物売りと大道芸  日時 三月十八日(土) 第一回 十一時半~十二時十分(四十分) 第二回 十四時 ~十四時四十(四十分) 場所 江東区深川江戸資料館 (地下鉄大江戸線、半蔵門線「       清澄白河」駅下車 A3出口から徒歩3分)…
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大道芸通信 第301号

大道芸通信総目録(四) ー第221号から第300号までー 大道芸の資史料として続けてきた本紙も、三百号である。極力元資史料に当たり正確さを期した積もりであるが、校正ミスの多さには我ながら呆れる。調べる手間を惜しんで本紙からパクる人は気をつけた方がええ。そうせんと恥をかくで。それでもええちゅう輩は…。どうし…
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大道芸通信 第300号

『絵本風俗往来』が載せる珍商売  蘆廼葉散人(あしのはさんじん)・菊池貴一郎(1849~1925)は、四代目(よだいめ)歌川広重としても知られていたようである。代表作は、藩政時代江戸の風俗風物を挿絵と共に紹介した『江戸府内 絵本風俗往来』(明治三十八年=1905刊) である。その中から、紹介する。   丹波の荒熊 …
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大道芸通信 第299号

半 田 行 人 の 変 遷 「半田行人」は、武州東葛西領金町(東京都葛飾区金町)にある半田稲荷が発祥である。享保年間(一七一六~三六)に麻疹(はしか)や疱瘡(ほうそう)が流行った際、三宝院(半田稲荷別当寺。明治初年、廃仏毀釈により廃寺)の僧侶が、茜木綿(あかねもめん)製の法衣をまとい、赤地に白抜きで「半田稲荷大明神」と染め抜いた幟…
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大道芸通信 第298号

江戸東京のお稲荷さん 稲荷信仰は、主に①神道系、②仏教系、③民俗的信仰系の三系統がある。 神道系の信仰対象は「ウガノミタマノミコト(宇迦之御魂尊・倉稲魂大神・保食神)」であり、五穀豊穣を司る農耕神だった。これが後に漁村部では漁業神、都市部では商売繁盛や火伏(ひぶせ)の神とも認識され、広く全国へ浸透した。  総本社で…
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大道芸通信 第297号

深川江戸資料館開館三十周年記念 日本大道芸・大道芸の会創立二十周年記念 江戸資料館まつり 「にほんの大道芸」盛況裡に終了  平成28年度深川江戸資料館主宰イベント「にほんの大道芸」は、今月五日に行われ、盛況裡に終了した。同館の春秋彼岸行事として、すっかり定着した「江戸の物売りと大道芸」であるが、今年は同館…
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大道芸通信 第29⑤号

耳垢取(耳掃除)  現在はアキバ美人が膝枕させながら「耳赤取(みみあかとり)」してくれるが、旧くは唐人スタイルの男が、道ばたで立ったまま行なった。膝枕だと、取れた耳垢が耳の奥へ落ちたりするので良くないという話を聞いたことがある。純粋に耳垢取りだけなら、藩政時代みたいに立ったままの方が合理的なようである。しかし、合理性だけで…
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大道芸通信 第294号

                  夷 舞(えびすまい) と 夷 舞(えびすまわし)  傀儡師を「夷舞」(えびすまわし)と呼んだのは、摂津国西宮(兵庫県史四宮)にある西宮夷を発祥地とするからである。藩政時代の江戸で 「山猫(やまねこ)」と云ったものも同じである。  なお山猫は、乞胸十二種の一…
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大道芸通信 第293号

針 金 細 工  針金細工は、旧くから日本にもあった。古墳時代には、青銅や銅を細く削って作っていた。奈良時代には金属を叩いて延ばす加工技術も確立された。 但し、当初は仏具や装飾品が主要な用途であった。その後、鉄製の針金は武具や針などの実用品に、金銀製の針金は装飾品に、銅製の針金は篩や金網など、用途によって使い分けられるようになった…
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神田明神と平将門伝説

神田明神と平将門伝説       はじめに  神田明神の祭神は3柱ですが、平将門以外の2柱を知る人は少ないようです。また、神田祭の象徴である千貫神輿は、本社ではなく境内末社の江戸神社に所属しています。だから神輿の正面に「江戸神社」、側面に…
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大道芸通信 第292号

『法術やり方絵解』 『法術やり方絵解』は、昭和三年に「修霊鍛身会」から刊行された。一癖も二癖もありそうな発行元であるが、前書きに書かれてあることは、すこぶるまともである。 一、現今行はれる法術は頗る多いが、何れも種のないものはない。されば一種の奇術であることは勿論である。 唯、所謂奇術は其の種を風呂敷の下に忍ばせて…
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大道芸通信 第291号

女太夫 と 鳥追い  女太夫(おんなたゆう)と鳥追(とりおい)は、営業時期が異なるだけで同じ人間が行っていた。日常的に行っているのが女太夫で、期間限定で行うのが鳥追である。正月二日から十五日まで、つまり松の内の間だけ営業したのが鳥追いで有り、それ以外は女太夫として営業した。正月にふさわしく編み笠を被り、袖口や襟にも気を配って、より…
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大道芸通信 第290号

深川江戸資料館 春秋彼岸恒例行事  残念! 雨には勝てなかった 去る三月十九日(土)に行われた、深川江戸資料館春秋彼岸の恒例行事「江戸の物売りと大道芸」へ今回も出演した。三連休初日とあって人出も期待されたが、朝から冷たい雨。嫌な予感通り、桁違いのワースト記録をあっさり塗り替えてしまった。 天気予報…
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大道芸通信 号外

江戸の物売りと大道芸(第六回)  日時 二〇一六年三月十九日(土) 第一回 十一時三十分~十二時十分 第二回 十四時~十四時四十分 場所 深川江戸資料館(都営地下鉄大江戸線・南北線「清澄白河」下車 A3出口 徒歩3分)  ご当地、深川といえば…
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大道芸通信 第289号

明治筑豊炭坑町に現れた大道芸人  明治の筑豊炭田と云えば、先にユネスコの記憶遺産に認定された山本作兵衛の炭坑画が思い出される。全部見たわけではないが、中に大道芸人(商人)を描いたものがだいぶある。が、解説がなければ全くわからなくなったものも多い。以前紹介(第152~161号)した『山本作兵衛ノート』と『筑豊炭坑絵物語』に共通掲載さ…
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大道芸通信 第288号

『このころ草』 『このころ草』(天和二年1682刊)は、解説付き風俗画本とでも呼んだらいいのだろうか。この頃(天和二年頃)の風俗を描いた画本である。「このころ」の読み方下あるが、今なら間違いなく「このごろ」と濁る。しかし当時は、清音だった可能性がある。原則濁点を付けない当時は、文意を推測して付けたり付けなかったりしていたからである。…
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大道芸通信 第287号

日本の大道芸 古来から伝わる日本の大道芸は、「物売り系」と「芸能系」に大別される。  物売り系は、零細商人の人集め手段が芸に昇華したものである。従って芸では銭を取らず、集まった人に何らかの商品を渡して対価を得ていた。これに対し芸能系は、芸自体が商品である。従って芸を見た人からは当然のように投げ銭を受けていた。  ●…
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大道芸通信 第286号

曲 独 楽  曲独楽は、奈良時代に大陸から伝来した「散楽雑伎」の一つであったが、桓武天皇の延暦元年(762)に散楽戸が廃止されると、急激に衰えた。これが再び脚光を浴びるようになったのは、元禄十三年(1700)に博多の少年初太郎が、京都・四条河原の芝居小屋で演じ、大喝采を浴びたことによる。 『けいせい色三味線』(元禄十五年…
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大道芸通信 第285号

大道芸から浪曲へ         ー 「ちょんがれ」と「ちょぼくれ」 ー 「ちょんがれ」も「ちょぼくれ」も発祥が祭文にあることははっきりしている。しかし、それがどのような曲調であったかについては、今でははっきりしない。諸芸を取り込んで完成した浪花節は、「ちょんがれ…
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大道芸通信 第284号

浮世十二支 ② 『浮世十二支』は、本誌第百十号及び百十一号(二〇〇四年一月~二月)で紹介済みであるが、その際見つからなかった干支(えと)を国会図書館資料の中に見つけたので紹介する。  中期以降の浮世絵界にとって歌川派の存在は、きわめて大きい。とりわけ寛政六、七年(1794~95)に彗星のように現れ消えた写楽とも競った、初代豊…
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大道芸通信代283号

傀 儡 師(かいらいし) 傀儡師を一言で言えば(操り(あやつ ))人形遣(つか)いである。発祥は、十日戎で知られる西宮神社とされる。だから当初は「えびすまわし」と呼ばれていた。  これが後に江戸へ伝わると、「山(やま)猫(ねこ)」とも云われるようになった。当初は、客に呼ばれて室内で演じるものだったが、後には大道で演じるもの…
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大道芸通信第281号

深川江戸資料館主催 江戸の物売りと大道芸 開催日 九月十二日(土) 時間 一回目 11時30分~12時10分 二回目 14時~14時40分 場所 深川江戸資料館 常設展示室  (地下鉄半蔵門…
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大道芸通信第280号

ハラハラ……インドの路上でのでんぐり返し 澤野 勉 六月はインドの最も暑い季節とのことーー。  覚悟していったものの、持参の温度計は四十六度を指している。焼けるような暑さだ。大理石の精巧な彫刻で彩られているアグラ宮殿を訪ねる。   古の(いにしえ )栄華の極み…
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大道芸通信第279号

明治の大道芸 藩政時代までの大道芸の記録はそれなりに残されている。しかし、明治になると極端に少なくなる。法令や条例による禁令は勿論、「外国人に対してみっともない」と云われ、更には火除地の廃止等によって迫害され続けたからである。それでも生活がかかっているから、思いの外しぶとく生きながらえた。前時代を踏襲するものや新たに生まれ…
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大同芸通信第278号

江戸の珍商売(生業)④    孝 行 糖 元々上方落語であったが、明治期に三代目三遊亭圓馬によって東京落語の演目にもなった。落語の枕に「魚屋」「ふるい屋」「荒金屋=金属回収業」が出て来ることが多い。つまり、最初に魚屋が出て来る。振り声は例えば鰯。(いわし )「いわしこオ、いわしこオ」。すると篩屋(ふるいや)が「…
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大道芸通信第277号

深川江戸資料館主催 「江戸の物売りと大道芸」 大盛況で終わる 先月二十一日(土)に開催された深川江戸資料館主催イベント「江戸の物売りと大道芸」公演参加者は、四百名(総入館者数六五七名)という大盛況で終えることが出来ました。これも会員はじめ皆様ご協力の賜物と心より感謝致します。 今…
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大道芸通信第275号

江戸の珍商売(生業)②  江戸の珍商売②とあるが、前回乗せたのは第240号だから、三年近く前である。「そんなの覚えてないよ」と云われそうだが、ブログで検索してみて下さい。何れにしろ、これまで紹介していないものを中心に載せる。 ●雷ごろごろ 雷公の与次郎(乞食)は安政(1854~1860)頃まで来たりしが、其の後は…
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大道芸通信第274号

江戸の物売りと大道芸 三月二十一日(土・祝)開催    (一回目) 一一時三〇分~一二時一〇分   (二回目) 一四時〇〇分~一四時四〇分 主催  深川江戸資料館 (…
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大道芸通信第273号

『香具師の全貌』 『香具師の全貌』(国会図書館蔵)は昭和十七年(1942)三月に、内務省警保局が、「部外秘 刑事警察研究資料第一七輯」として刊行された。 「序」に、「本編は昭和十四年六月、千葉地方裁判所主催にて、判・検事、司法官試補等列席して、千葉県幕張町藤田鶴吉氏を聘して香具師社会の内情につき研究懇談を遂げた状況を筆記した…
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大道芸通信第272号

『江戸名所百人一首』に見る生業 『江戸名所百人一首』は、前号で紹介した『どうけ百人一首』と同じ近藤助五郎清春(生没年未詳)著作である。『新編稀書複製会叢書』の解説によると、元板は享保年間(1716~36)「通油町村田板」、再版は「元文年中(1736~41)人形町通平野屋」であると。  本復刻版外題に「人形町平野屋」とあるから再…
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大道芸通信第271号

『どうけ百人一首』に見る小商人(こあきんど) 『どうけ(道化)百人一首』は、近藤助五郎清春(生没年未詳)が、著述した『小倉百人一首』をもじった狂歌集である。これに当時の関連する世相を顕し(あらわ )た挿絵を載せている。刊行年は不明だが、享保・元文年間(1716~41)頃の風俗が描かれてあるようだから、その頃刊行と思える。 こ…
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大道芸通信第270号

深川江戸資料館主催 「江戸の物売りと庶民芸」   盛況裡に終了 先月二十日(土)に開催された深川江戸資料館主催イベント「江戸の物売りと大道芸」シリーズの第三回目へ出演したところ、入館者総数は二百五十名でした。一見多そうに見えますが、前回の半分です。諸般の事情があったにせよ、少々情けない数字で…
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大道芸通信第269号

https://www.youtube.com/watch?v=rCLQf7MBN7s 江戸の物売りと庶民芸 九月二十日(土)開催   (一回目)一三時〇〇分~一三時四〇分   (二回目)一四時三〇分~一五時一〇分 主催: 深川江…
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大道芸通信第268号

江戸の物売りと庶民芸 九月二十日(土)開催   (一回目)一三時〇〇分~一三時四〇分     (二回目)一四時三〇分~一五時一〇分 主催: 深川江戸資料館 (都営地…
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大道芸通信第267号

『塵塚談(ちりづかだん)』が載せる雑事・雑業 塵塚談は、小川顕道の随筆である。元文二年(1737)生まれ。文化十一年(1814)、七十八歳(=数え年)になったとき、「其の間の世の風俗を思い出すにまかせて書きつらね」たものである。この中から、これまで紹介していないもので、関係ありそうなもの、なくとも知っていた方がいいものを紹介す…
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大道芸通信第266号

夏の行事と生業 現在の夏は、六・七・八月だが、藩政時代は、四・五・六月であった。今でも旧暦という言い方をして、当て嵌(は)めることもあるが、七夕(たなばた)やお盆のように月後(つきおく)れという方をすることの方が多い。まして、衣替えと同時に猛暑が続くようになると、猶更(なおさら)季節が先廻りする。 「目に青葉 山杜鵑(やまほと…
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大道芸通信第265号

『東都歳事記』が載す 変 な 生 業 ●親孝行 変な生業の中でも筆頭は、親孝行であろう。親孝行が何で生業になるのか現在ではよくわからないが、そこそこ実入りがあったようである。  左図がそれであるが、本体は扇を半開きにして持っている婆さんである。婆さんを背負っている頬被りした男は人 形であるが、息子とい…
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大道芸通信第264号

江戸のおもしろ生業 『新文字絵づくし』(明和三年=1766刊)は、『文字絵づくし』(貞享二年=1685年刊。本誌第116号「資料編」で覆刻)の影響を受けて刊行された。その間約八十年。何れも当時流行(はや)った生業を、巧みに挿絵に嵌(は)め込んだ絵を描く。 中には「なんで?」と思うような姿をしているものもあるが、皆生きること…
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