大道芸通信 第155号

   明治東京名所に現れた大道芸人たち 江戸が東京に変わっても、庶民の生活は藩政時代と変わりがないことは以前にも書いたが、それでも少しずつは変化していた。そんな時代の東京風俗や名所を絵と文に残したのが『風俗画報』(明治二十二年〈一八八九〉~大正五年〈一九一六〉東陽堂刊)であり、これの臨時増刊として発刊された『新撰東京名所…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

大道芸通信 第154号

続膝栗毛 六編(十返舎一九著)より 中津川宿の大道芸人 東海道の旅を終えた弥次さん喜多さんは、引き続き四国の金毘羅さんや、安芸の宮島参へ行き、折り返しは草津から木曾街道へ入った。旅を続けながら中津川宿に着いたら、なにやら人だかりがしていた。固より好奇心の強い二人、早速覗いてみたら手妻(てづま=日本の手品)をし…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

大道芸通信 第153号

   明治東京の大道芸人 江戸が東京に変わっても、庶民はすぐに変われない。大道芸もまた然り。藩政時代と同じ生活を続けていた。  しかし、時代の波は容赦ない。いつのまにか歴史の向こうへ追いやってしまう。しかも大てい正史に残らない。そんな風潮を嘆いた人が明治にも居た。それが平出 次郎であり、思いを『東京風俗志』全三巻に…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

大道芸通信 第152号

『炭坑物語』(山本作兵衞著)     俗称『山本作兵衞ノート』中の大道商人 私が目にしたのは九州大学石炭資料館所蔵のコピーだが、大学ノート六冊にびっしり書かれたものである。これが『筑豊炭坑絵巻』や『筑豊炭坑絵物語』を描くための元と知ったときは感動した。中でも二冊目(No.2)の表題に「思いで 離し」と名づけてあるのを発…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

大道芸通信 第151号

     大道芸通信総目録(二)        ー第81号から第150号までー  のはずであつたが、色々工作している間に間違えてデータを消してしもうたようである。幸いゲラ刷りが1枚だけ残っていたので、それを元に「本紙」だけは何とか発行することができた。しかし、もう一度打ち直すほどの元気はない。少々醜いかも知れ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

大道芸通信 ジャンル別総目録(創刊号~第220号)

号数 区分 (解説説明)(含取材・引用等) 1 日本の大道芸について ー外国との違いー 3 見世物 「地獄極楽」のルーツ 地蔵和讃の元祖恐山へ行く 4 修験道と香具師 5 彦山修験と香具師 9 砂糖の600倍甘い 原子爆弾糖殺人事件 10 昔(約三十年位前)あった商売 17 『放浪…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

大道芸通信 第150号

のぞきからくりは    最新ニュースの伝達手段であった! 今どき「のぞきからくり」と云っても大ていの人は知らないし、知っている人でも「『八百屋お七』や『不如帰』やろ。そんな大昔の話なんか、どうでもええじゃないか」と相手にされないのがオチである。  確かにその通りだし自分でもそう思う。しかし、かつては最新巷談を世間に伝え…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

大道芸通信 第149号

   飴売り競演  街頭で飴を売ることは江戸中期から行われた。『続飛鳥川』は、明和年間(一七六四~一七七二)のこととして、四谷に住む土平という飴売りが左図のような出で立ちで歌いながら飴を売っていたと記す。則ち表は黄色、裏は紅絹色の袖無羽織に黒色の共襟をかけ、太い紐で結び浅黄の木綿頭巾をかぶり、飴を両掛けにして日傘をさしていた。 …
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

大道芸通信 第148号

新粉細工と飴細工   新粉は元々糝粉と書いたように、精白した粳米を水洗して乾燥し、臼でひいて粉にしたもののうち、上質のものを云う。団子、粽、煎餅等の材料とするが、練って花、鳥、人物などの形を作ったりもした。これが新粉細工である。  一方の飴細工は、白飴で人物や鳥類、花等を作ったもの。白飴は、水飴を煮…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

大道芸通信 第147号

        かっぽれ  大道芸に家元制度があるのもおかしな話だが、それ以上におかしいのが「かっぽれ」を江戸芸と呼ぶことである。 由緒正しい? 能や歌舞伎さえ、実際以上に自分を飾り立てるが、興味のない人にとってはまるで意味はない。  人の気持ちは、十年経てば昔からだし、廿年過ぎたら親の代からと云う。江戸が消えた明治に始ま…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

吉祥寺雑学大学でお喋りと実演をします

今度、村立吉祥寺雑学大学で大道芸のお喋りと実演をすることになりました。 生きていく上では、決して役に立たないおはなしばかりしますので、ご用とお急ぎのある方もない方もぜひおいで下さい。 終わってから、お酒を美味しく飲むためにも(歩いてすぐの所に安くて量のある、超ユー名な焼鳥屋もあるでよ。どなたもご一緒しませう)、落差は大きい方が楽しい…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

大道芸通信 第146号

香具師と乞胸  今は舞台でしか演じられる事のない能や歌舞伎も含め、全ての芸能は大道に始まる。  藩政時代、江戸の町では、浅草や両国に限らず、辻や寺社の空き地など、至る所で大道芸人が活躍していたことはよく知られる。しかし、香具師とそれ以外では、演じる目的がまるで異なる事を知る人は少ない。  香具師は元来薬師であり…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

大道芸通信大145号

パ ノ ラ マ 館  パノラマとは「ギリシャ語のPan Horama(全ての景色)が語源であり、人間の全視界三六〇度にわたって見える景観のことである」と、穂積和夫氏が述べている通りである。  従って、パノラマ館とは人間の視界が捉える景観を再現・展示する巨大な円形または多角形建築物のことである。  臨場感を高め、リアル…
トラックバック:0
コメント:7

続きを読むread more

大道芸通信 第144号

  阿 呆 陀 羅 経  阿呆陀羅経とは、上方語の「阿呆」または「あほんだら」と「陀羅尼経」を ひっつけた合成語である。阿呆は説明せんでも解ると思うが、「呆」の方にウエイトがあり、愚かなことを意味する。じゃあ「阿」はなんだと云う事になろうが、親しく呼ぶ時の接頭語である。一方、陀羅尼はちょっと難しい。広辞苑をひくと何やら難しい…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

ガマの油は何時から筑波山になったか     光田憲雄

 今、大道芸といえば、ガマの油。ガマの油といえば筑波山と、相場は決まっている。それが証拠にガマ公園へ行くと『ガマ口上発祥の地』の石碑が建っているし、何代目かを称する永井兵助(ながいひょうすけ)も健在だ。疑う余地はない。 永井兵助といえば松井源水(まついげんすい)と並んで、藩政時代には江戸を代表する香具師(やし)であった。 …
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

バナナの叩き売り略史        光田憲雄

  ●日本人とバナナの出会い 万延元年(1860)3月 日米修好通商条約批准使節団一行が、日本人として初めてバナナ               を食す(ハワイ/フレンチホテル) 文久二年(1862)   八丈島移民団、小笠原諸島にてバナナを食す ~明治5年(1872)  …無花果・芭蕉実等時々珍味可無際限也『頭書…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

「南京玉すだれ」発生と名称変遷史      光田 憲雄

 日本の大道芸を知らない人でも、 「がまの油売り」と「バナナの叩き売り」と「南京玉すだれ」なら、大抵知っている。少なくとも名前ぐらいは聞いたことがある人は多い。  しかし、それがいつ頃始まったかについては、演じている人でも知っている人は少ない。とりわけ「南京玉すだれ」は、まことしやかな虚説がはびこっているのが実情だ。そこで、少しでも間…
トラックバック:1
コメント:0

続きを読むread more

大道芸通信 第143号

二 八 そ ば  蕎麦通の人に「二八蕎麦」の意味を尋ねると、即座に「そば粉」八割に繋ぎの「うどん粉」二割のことである、と答えておしまいである。それでも時には「二八十六」、つまり「かけそば」一杯の値段が十六文であったことから来ていると、答えてくれる人もある。  現在では圧倒的に「そば粉派」の方が強いが、少数意見のほうに興味があ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

大道芸通信 第142号

庶民の娯楽と大道芸史  今大道芸と云うと、南蛮お手玉や形態模写など洋物ばかりを指すようになったが、日本にも古来から伝わる様々な大道芸があった。外国のものは芸能系であり芸自体が商品だから、見た人からは当然のように投げ銭を受ける。  これに対し日本の大道芸は、同じように投げ銭を受けるものもあった(芸能系)が、人集めの手段として…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

大道芸通信 第141号

 淡 島 様(『江戸名所図会』巻之一/藪小路)  紀州和歌山の加太淡島神社は、昔から婦人病に霊験があることで知られている。その淡島神社の案内書を見ると次のようにある。 「祭神は少彦名尊(高皇産霊尊の子供)だが、大己貴尊(大国主命)と力を合わせ、心を一にして天下を経営し、疾病祓除の神誓があったので、本朝医薬の祖とする(仏…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

大道芸通信 第140号

   江戸の雑業 人生山あり谷ありとはいうものの、均したらそう見えるだけの話、山の人が谷に落ちることはあっても、谷から山へあがることは滅多にない。生まれついての谷底暮らしや山から落ちた人たちが生きんが為に考え出したのが、江戸の雑業である。中でも宗教にひっかけたものが多いのは、せめて来世は幸せでありたいと願う庶民の、ささやか…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

大道芸通信 第107号

  菊細工・生(活)人形から菊人形へ 菊人形が始まったのは、享保年間(一七一六~一七三六)に、染井の植木職人が花壇菊を造ったのが始まりという。 これがやがて、千石船や五重塔などの作り物(菊細工)へと発展するのである。  一方同じ頃の大坂では、大江忠兵衛が歌舞伎役者をモデルに等身大の人形を造り「生人形」と名づけて、大当たりを…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

大道芸通信 第139号

わいわい天王 先般終了した「大道芸絵巻 江戸・東京の賑わい」で二百年ぶりに「すたすた坊主」を復活したら、大変な反響であった。そこで外にもないかと聞かれたので、「まかしょ」(本紙第135号挿絵参照)と「わいわい天王」を紹介したら、「わいわい天王とはなんだ」と聞かれた。 わいわい天王とは、天狗の面をかぶり子供を集めては…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

大道芸通信 第138号

平成17年度(第60回記念)文化庁芸術祭 参加公演  大道芸絵巻  江戸・東京の賑わい大盛況で終了 去る十月二十九日(土)に開催した「大道芸絵巻 江戸・東京の賑わい」は、立見が出たほどの大盛況で終えることが出来た。これも会員や仲間の皆さんの努力のたまものと誇っていい。 また、アンケートの回収率の良さも吃驚するほどであった。普…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

大道芸通信 第137号

平成17年度(第60回記念)文化庁芸術祭 参加公演   大道芸絵巻  江戸・東京の賑わい ぷろぐらむ          公演日 十月二十九日(土)           開場 一二時三〇分           開演 一三時〇〇分           終演 一五時三〇分     場所 烏山区民センター 大ホール    (…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

大道芸通信 第136号

 平成17年度(第60回記念)文化庁芸術祭 参加公演    大道芸絵巻  江戸・東京の賑わい         日時 十月二十九日(土)十三時~十五時三十分                  場所 烏山区民センター大ホール (京王線「千歳烏山駅(急行停車駅)」下車 徒歩一分) 演目 がまの油売り バナナの叩き売…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

大道芸通信 第135号

第60回記念  文化庁芸術祭 参加公演決定!      大道芸絵巻  江戸・東京の賑わい         日時 十月二十九日(土)十三時~十五時三十分                  場所 烏山区民センター大ホール (京王線「千歳烏山駅(急行停車駅)」下車 徒歩一分) 演目 がまの油売り バナナの叩き…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

大道芸通信 第134号

 大道芸絵巻 第二弾!  江戸・東京の賑わい 開 催!    日時 十月二十九日(土)           十三時~十五時三十分    場所 烏山区民センター大ホール 演目 がまの油売り バナナの叩き売り 南京玉すだれ カッポレ すたすた坊主 浅利売り 納豆売り 飴売り 大原女 朝顔売り 辻占売り ほか多…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

大道芸通信 第101号

 バナナの叩き売り      発祥地は本当に門司か?  門司港駅前から海と反対側に百㍍ほど歩くと、左側旅館の植え込みの中に「バナナの叩き売り発祥の地」碑がある。それが左の写真である。嘘か真事か、最近ではこの碑を根拠に、発祥説を唱える者さえあると聞く。しかし、この碑は町おこしの観光用であり、旧くは下関が発祥と云われて…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

大道芸通信 第103号

台湾バナナの初入荷  門司は下関の三年後 叩き売りはさらに後! 左に掲げた【門司区の横顔】「バナナの叩き売り発祥の地」は、門司区役所ホームページの一カットである。発祥地の根拠として、「明治三十八年(1905)門司港で台湾バナナの荷揚げが始まると、昭和初期には“バナナ”は門司を代表す…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

大道芸通信 第104号

願 人 坊 人生山あり谷ありとは云うものの、困って神頼みをするときは、ほかに手だてがないからである。そこまで追いつめられたら、目の前の困難を避けたい気持ちで一杯。後のことなど考えるゆとりはない。不可能と思えることでも、将来の約束だったらなんとでも出来る。選挙前の議員がいろいろ公約を並べても、受かった後は知らん顔をするの…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

大道芸通信 第105号

江戸の物売りと年中行事 『絵本風俗往来』は、徳川時代を生きた古老菊池貴一郎が、年中行事や市井の風俗雑事を思い出しながら書き綴ったものである。明治三十八年に『風俗画報』の版元東洋堂より刊行された。(現在は平凡社・東洋文庫に所収)その中から、物売りを主に面白そうな話を紹介する。 正月 こはだのすし  こはだのす…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

大道芸通信 第106号

両 国 広 小 路  江戸防衛のため、千住大橋から下流の隅田川には橋を架けさせなかった徳川幕府も、万治二年(一六五九)以降にようやく架けることを認めた。明暦の大火(明暦三年=一六五七=振袖火事)での犠牲者があまりに多かった(十万八千人以上)からである。 《又浅草口の総門を指して逃げ出る幾千万とも数知らず。かかる所にい…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

大道芸通信 第108号

竹田からくり 「日本には人形の細工人数多ありといえども、京都にてはしずい(守随?紫随?)大坂にては竹田縫之助近江大掾藤原朝臣。手前のは、竹田近江が津守細工。咽喉には……。 ご存じがまの油売りの口上に出てくる竹田絡繰の部分である。 それ程知られていた竹田からくりとはどんなものであったか? 『摂津名所図会』(寛政八年…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

大道芸通信 第110号

  浮世十二支 二代歌川豊国画                 中期以降の浮世絵界にとって歌川派の存在は、きわめて大きい。とりわけ寛政六、七年(一七九四、五年)に彗星のように現れ消えた写楽とも競った、初代豊国(明和六年(一七六九~一八二五)文政八年)は見逃せない。それだけに豊国没後、二代豊国を名乗った養子豊重の影はど…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

大道芸通信 第111号

 女 霊 媒 師 女霊媒師と言われると誰でも恐山のイタコを思い出す。  イタコは生まれながらや幼児期に盲目になった女の子が、生活のために師匠へ弟子入りし、長く辛い修行を経て霊能力を身につけ独立した人達である。「口寄せ」と称し、先祖や肉親の霊を呼び出し、この世とあの世の橋渡しをする。 (恐山大祭=七月二十日~二十四日。…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

大道芸通信 第112号

    江戸と東京  風俗野史 『江戸と東京 風俗野史』は明治十五(一八八二)年生まれの画家、伊藤晴雨(~昭和三十六(一九六一)年)が、昭和四年(一九二九)から七年(一九三二)にかけて出版した六巻本である。(昭和二年に同名異本(巻一)刊行)。 内容は、明治の東京に残されていた江戸の風俗を描き説明を加えたもの。その後刊行された…
トラックバック:0
コメント:2

続きを読むread more

大道芸通信 第114号

     男 三 郎 の 歌 以前にも書いたから覚えている人も多いだろうが、演歌師がヴァイオリンを使用し始めたのは明治四十三(一九一〇)年頃と云われる。当時流行の活動写真(=映画)の楽隊(当時は無声映画であったから、物語を展開する弁士と場を盛り上げる楽隊が必須であった)が使っていた楽器の中から、一番軽そうなヴァイオリンに目を…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

大道芸通信 第115号

 松井源右衛門と松井源水  左のさし絵は『名物鹿子』(享保十八年〈一七三三〉刊)に掲載のものである。右半分だけなら、『見世物研究』(朝倉夢声)などにもあるから割と目にする。それほど珍しいものではない。(本紙第28号にも孫転載した)  ところがこのたび初めて原書を見て驚いた。これまで全部だと思っていたのが、実は右半分だけだったから…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

大道芸通信 第116号

   電 車 唱 歌 横江鉄石が『汽車の旅』を作詞したのが明治三十年(一八九七)六月頃(本紙第82号へ掲載)。この歌が爆発的に流行るのを目にした大阪・昇文館の市田元蔵が、大和田建樹の詞に多梅稚(おおのうめわか=大阪師範学校教諭)及び 上眞行(うえさねみち=東京音楽学校講師)それぞれの曲を並列に並べ『地理教育 鉄道唱…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

大道芸通信 第139号

わいわい天王 先般終了した「大道芸絵巻 江戸・東京の賑わい」で二百年ぶりに「すたすた坊主」を復活したら、大変な反響であった。そこで外にもないかと聞かれたので、「まかしょ」(本紙第135号挿絵参照)と「わいわい天王」を紹介したら、「わいわい天王とはなんだ」と聞かれた。 わいわい天王とは、天狗の面をかぶり子供を集めては…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

大道芸通信 第138号

平成17年度(第60回記念)文化庁芸術祭 参加公演  大道芸絵巻  江戸・東京の賑わい大盛況で終了 去る十月二十九日(土)に開催した「大道芸絵巻 江戸・東京の賑わい」は、立見が出たほどの大盛況で終えることが出来た。これも会員や仲間の皆さんの努力のたまものと誇っていい。 また、アンケートの回収率の良さも吃驚するほどで…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

大道芸通信 第136号

 平成17年度(第60回記念)文化庁芸術祭 参加公演    大道芸絵巻  江戸・東京の賑わい         日時 十月二十九日(土)十三時~十五時三十分                  場所 烏山区民センター大ホール …
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

平成17年度(第60回記念) 文化庁 芸術祭参加公演決定!

来る10月29日(土)開催の「大道芸絵巻 江戸・東京の賑わい」が、文化庁が主催する「平成17年度(第60回記念)芸術祭参加公演」となることが決定しました。 ぜひ、見に来てください。お待ちしてます。  演目  大道芸絵巻 江戸・東京の賑わい  日時  2005年10月29日(土)13時~15時30分  場所  烏山区民…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

大道芸通信 第135号

第60回記念  文化庁芸術祭 参加公演決定!      大道芸絵巻  江戸・東京の賑わい         日時 十月二十九日(土)十三時~十五時三十分                  場所 烏山区民センター大ホール …
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

大道芸通信 第134号

  大道芸絵巻 第二弾!  江戸・東京の賑わい 開 催!    日時 十月二十九日(土)           十三時~十五時三十分    場所 烏山区民センター大ホール 演目 がまの油売り バナナの叩き売り 南京玉すだれ カッポレ すたすた坊主 浅利売り 納豆売り 飴売り 大原女 朝顔売り 辻占売り ほ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more